TOP >  年代別一覧 > 1990年代 > ナリタホマレ列伝~時代の狭間を駆け抜けて~

ナリタホマレ列伝~時代の狭間を駆け抜けて~

『絶対王者の壁』

 ダービーグランプリの後、年内の出走を控えたナリタホマレは、翌99年の初戦として、川崎記念(統一Gl)へ出走することになった。

 ダービーグランプリで旧4歳世代限定戦唯一の統一Glを制したナリタホマレだったが、世間の評価は、圧倒的1番人気を一発勝負で破った馬にありがちなパターンで、まだウイングアローには及ばないというのが現実だった。そんなナリタホマレがなすべきことは、川崎記念で上の世代との対決を制し、本当の意味でウイングアローと並ぶ同世代の雄となり、そして越えてゆくことであった。

 ところが、ナリタホマレにとって不運なことに、このレースで待ち受けていたのは、当時のダート界…というより、今なお統一グレード史上、そして日本ダート競馬史上最強馬候補の1頭に挙げられるであろう「南関の哲学者」アブクマポーロだった。

 前年の1998年に、川崎記念を旧7歳で制して統一Gl初制覇を飾ったアブクマポーロは、その後、帝王賞、東京大賞典と統一Glを含めて勝ちまくり、9戦8勝と、地元メイセイオペラに譲った南部杯以外を全勝するという、ほぼ完璧な戦績を残していた。

 そんな絶対王者は、終始自分より前で競馬を進めたナリタホマレに対し、勝負どころで外から押し上げていくと、直線では並ぶ間もなくかわして突き放すという横綱競馬で、その挑戦をいとも簡単に退けた。絶対王者が見せた底力は、旧8歳という年齢を感じさせないどころか、もはや無慈悲なまでに圧倒的なものだった。

 もっとも、ナリタホマレにとって、ダート界の歴代最強級とも言われるアブクマポーロに後れを取ったことは、残念ではあっただろうが、仕方がないことだったかもしれない。一度王者に敗れた挑戦者が、二度、三度と挑んで最後に王者を打ち倒すという物語は、競馬に限らず枚挙にいとまがない王道である。・・・問題は、最後に脚が止まった結果、アブクマポーロから0秒8も引き離されただけでなく、長らくJRAのダート最強馬と言われてはいたものの旧9歳で衰えが見えていたキョウトシチー、東海競馬で13戦10勝ながら全国区のレースは初めてとなるゴールドプルーフにも先着を許したことである。4着という結果は、JRAの世代ダート王としてふさわしいものとは、到底言えない。

『上がらぬ人気』

 ナリタホマレの苦難は、川崎記念の後も続いた。川崎記念後の時期のダート中距離戦線は、マーチS(Glll)、ダイオライト記念(統一Gll)、名古屋大賞典(統一Glll)などがあり、統一重賞の選択肢が幅広い。ところが、ナリタホマレが出走したのは、そのいずれでもない竹秋S(OP)だった。

 しかも、ナリタホマレは、その竹秋Sで単勝1830円の7番人気にとどまった。この竹秋Sで1番人気に推されたのは、前年のダービーグランプリ3着で、その時点では重賞未勝利のマイターンで、すぐ上の6番人気は、ナリタホマレと同厩で、スーパーダートダービーでウイングアローにちぎられたことで谷師に「この馬ではウイングアローに勝てない」と判断されたものの、その後も4戦にわたって掲示板にすら載れていなかったロバノパンヤである。

「なぜここまで人気がないのか?」

と思われても仕方がない数字に思われる。

 しかし、人気が低いというのは、結果を出してこそ言えることである。結果が人気通りの7着に終わったのでは、「正当な評価」としか言いようがなくなってしまう。

「ナリタホマレは、そんなに強くないのではないか・・・?

「ダービーグランプリの一発屋だったのではないか・・・?」

 そんな声もささやかれ始めた中で、ナリタホマレの次走は、笠松競馬場のオグリキャップ記念(統一Gll)に決まった。

『姉が輝いた場所で』

 オグリキャップ記念は、笠松競馬場でデビューして日本競馬の歴史を変える活躍を見せた名馬の名を冠したレースであり、オグリキャップの伝説のラストラン(90年有馬記念)から間もなく創設が決まり、92年2月に第1回が実施されている。

 このレースは、2021年にコロナ禍によって中止になった第30回以外を除いて現在まで続いているが、条件の変遷も多いレースで、JRAを含めた指定交流競走とされていたのは95年から04年、統一グレードで格付けされていたのは97年から04年までの間だけである。また、99年はダート2500mで行われたが、ダート2800mで行われていた東京大賞典(Gl)が98年に2000mへ短縮されてからは、統一グレードで最も長い距離となっていた。

 ナリタホマレにとって、笠松は初めて走る競馬場だが、血統的にはなじみの深い場所である。ナリタホマレの半姉マックスフリートは、笠松の荒川友司厩舎でデビューし、通算23戦のうち16戦を笠松で走っている。彼女の主要勝ち鞍とされる第3回全日本サラブレッドC、ジュニアグランプリ、東海菊花賞も、最後のレースとなった第4回全日本サラブレッドCも、いずれも笠松でのレースだった。

 このレースでも、地元のトミケンライデン、ゴールドプルーフが1番人気と2番人気を独占し、ナリタホマレは3番人気にとどまった。もっとも、400kgそこそこの馬体で初めて背負う58kgの斤量や、前走の竹秋Sの結果を踏まえての人気と考えれば、JRAよりは正当に評価されていたと言えなくもない。  そして、この日のナリタホマレは、初めてのパートナーとして、武豊騎手を迎えていた。ダービーグランプリでは敵として戦った相手だが、このような形での「昨日の敵は今日の友」など、競馬界では珍しくもなんともない話である。そして、ラストランの有馬記念で手綱を取るなど、縁が深いオグリキャップの名を冠するこのレースがJRA所属馬に開放されてから、3回目の挑戦となる武騎手にも、賭ける思いがあった。

『馬を信じて』

 オグリキャップ記念は、ブービー人気の地元馬タカノハハローの先導で始まった。小回りの笠松競馬場を舞台とした統一グレード最長距離の統一Gllは、スタートからゴールまでコースを2周半する、特異なレースである。しかし、後続の馬たちは無理に追いかけることなく、タカノハハローの大逃げを許す。武騎手も、長丁場は馬との折り合いが重要だと考えて、最後方からレースを進めた。

 タカノハハローは、地元勢の登録が少なかったゆえにゲートへたどり着いた笠松の条件馬だった。そんな格下の大逃げだけに、軽視される素地はあった。

だが、前年のオグリキャップ記念でも、地元馬サンディチェリーがトップ騎手である安藤克巳騎手の巧妙な逃げによってレースを支配し、2頭の統一Gl馬を含めたJRA勢を封じ込めて優勝している。そして、封じ込められた2頭のうち1頭は、ダービーグランプリ馬テイエムメガトンと武騎手だった。

 レースが進むにつれて、武騎手は、

「あまりにもペースが遅い」

と気がついた。同じコースで犯した前年の反省もあったことだろう。このままではまずいと、2周目の第2コーナーで、早くも進出を開始した。

 停滞したレースは、有力馬が動くことによって動き始める。ナリタホマレの進出によってペースは上がり始めたが、武騎手は構わず外を回ってまくり気味に上がっていった。その根底には、

「ナリタホマレはダービーグランプリで僕の馬(ウイングアロー)に勝っている。能力を出せば勝てる馬」

というナリタホマレへの信頼があった。

『最後の輝き』

 武騎手の判断は、結果によって証明された。強引に上がっていったようにも見えたナリタホマレだったが、その末脚は止まることなく、約200mの直線で先行馬たちを次々ととらえた。そして、最後はタカノハハローを1馬身半引き離し、前年のダービーグランプリ以来となる勝利で、統一重賞2勝目を挙げた。98年4歳世代唯一のGl馬が、その地位にふさわしい意地を見せた形である。ダート2500mという特異となった条件を強引な競馬で勝ち切ったナリタホマレの底力には、地方競馬の名族の出身という背景が生きていたのかもしれない。

 そして、2着には1番人気の実績馬ゴールドプルーフをハナ差抑えたタカノハハローが逃げ粘ったため、馬券は連単万馬券の大荒れとなった。実は、この日の掲示板は、ナリタホマレ以外の2~5着はすべて地方馬だったが、この日の武騎手は、不慣れな競馬場でもきっちりと結果を残した。

 武騎手は、

「オグリキャップという馬の名前のついたレースを勝ててうれしいですね。この馬に騎乗するのは初めてですが、同じレースには何度も乗っていましたから、それほど心配はしていませんでした」

と答えている。・・・ナリタホマレのダービーグランプリ以前の14戦のうち、武騎手は6戦で他の馬に騎乗して戦っている。「(栗東の)所属馬ならほとんどの馬の能力、特徴、性格を把握しているのではないか・・・」という噂をほんの少し裏付けるコメントである。

 何はともあれ、オグリキャップ記念の勝利により、ナリタホマレは「一発屋」という評価を覆し、ダート路線に君臨する既成勢力への挑戦者の一角として再び認知されるようになった。折しも、既成勢力の代表格であるアブクマポーロはダイオライト記念を圧勝した後に長期休養に入り(その後、復帰することなく引退)、フェブラリーSを地方所属馬として初めて制したメイセイオペラをはじめとする旧6歳世代に対し、99年に入ってから順調さを欠いていたウイングアローに代わって世代交代を賭けた戦いを挑む。…そのはずだった。オグリキャップ記念が、日本のダート界においてナリタホマレが大きな地位を占める可能性を見せた最後のレースとなることを、まだ誰も知らない。

1 2 3 4 5 6 7 8 9
TOPへ