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フサイチコンコルド列伝・府中を切り裂く音速

『出遅れて勝機あり』

 この日の小林師は、藤田騎手に対し、内側の最短距離を回ってくるようにだけ指示をしたという。むろん、そうしようと思えば当然のようにできるものでもないことは、分かった上でのことである。

 ところが、藤田騎手は、13番枠という外からのスタートなのに、どうやって指示通りに内へと食い込んでいこうかを考えているうちにゲートが開いてしまい、スタートでほんの一瞬、立ち遅れてしまった。一見して分かるほど大きな出遅れではないにしても、当事者である騎手にとっては、そのわずかな差が大きくのしかかる。まして、それが日本ダービーという大舞台でのことであれば。

 ただ、藤田騎手が並の騎手と違っていたのは、そんな状況でも平常心を失わなかったことである。出遅れが致命傷となるのは、出遅れそのものではなく、出遅れに焦って無理な競馬をしてしまったこと、というパターンは珍しくない。思えば、藤田騎手が17番人気で勝った92年エリザベス女王杯のタケノベルベットの時も、小林師から前目につけるよう指示されながらもスタート直後のダッシュがつかずに後方からの競馬になった藤田騎手は、思い切ってまくる競馬で勝ち切っている。覚悟を決めた藤田騎手は、無理せず中団にとりついて、戦機の訪れを待つことにした。

 すると、運命の女神は、藤田騎手に微笑んだ。馬群の先団でのインコース争いから一歩遅れた彼らの目の前には、馬群の中団のインコースががら空きになって広がっていた。そして、その位置から馬群を追走しにいったところで、2,3番手という絶好位につけた大本命馬ダンスインザダークと武豊騎手の姿が目に飛び込んできた。

 藤田騎手は、ここで肚を決めた。

「この馬の後ろをついていけば、進路はできるはず!」

 もともと藤田騎手は、プリンシパルSでは、ダンスインザダークと武騎手を最大のライバルとして想定して、作戦を練っていた。フサイチコンコルドの熱発回避で不発に終わったものの、本番のここで彼らを目標として競馬を進めることは、藤田騎手にとって、なんら不自然なことではない。

『100点の騎乗と120点の騎乗』

 フサイチコンコルドと藤田騎手がそんな決意を固めていたころ、彼らの視線の先にいるダンスインザダークと武騎手は、藤田騎手の決意を知る由もないまま、自分の競馬を進めていた。

 先手を取ったサクラスピードオーは、2400mという距離を意識したのか、ペースをスローに落としていた。しかし、追走するダンスインザダークは、サクラスピードオーをかわそうと思えばいつでもかわせる位置に自らを置くことで、サクラスピードオーのペースを落とさせず、さらに後続の馬たちに対しては.好位でどんと構える自らを見せつけることで、その動きを封じ込めた。動かずして他の16頭を支配するその競馬は、まさに横綱相撲にほかならない。武騎手がこの日見せた騎乗は、小林師までが

「あれ(武騎手の騎乗)は完璧。100点満点の乗り方ですね」

と評していたほどである。

 だが、100点満点に見えた騎乗は、たったひとつ、大切なことを見落としていた。それが、自らが支配し、切り拓いた道をそのまま追いかける、フサイチコンコルドの存在である。

 藤田騎手によれば、この日の道中は、進路が詰まりそうになったら別の方向が空き、進むべき道が自然と開いていったという。皮肉なことに、武騎手の騎乗が100点の騎乗なら、その後方から成果だけを直後で収穫していく藤田騎手の騎乗は、120点の騎乗となった。

『迫る影』

 日本ダービーは、第3コーナー付近のいわゆる「大ケヤキ」あたりからレースが動き始めるのが常である。

 フサイチコンコルドは、このあたりで一度、ダンスインザダークにほぼ並ぶような位置まで押し上げている。ただ、これは馬に気合が乗って上がっていっただけで、藤田騎手はまだ勝負の時とは見ていなかった。藤田騎手が懸命に手綱を抑える中、彼らの目標は、第4コーナー手前でついに動いた。

 序盤から先頭でレースを引っ張ったサクラスピードオーは、第4コーナーを過ぎても懸命の粘りを見せていた。しかし、それまで一貫して好位から競馬を進めてきたダンスインザダークが上がっていくと、脚色が違う。武騎手が満を持して開放したダンスインザダークの末脚には、他を圧倒する勢いがあった。

 ダンスインザダークは、残り400m地点を過ぎたあたりで先頭に立った。サクラスピードオーは力尽き、皐月賞3着のメイショウジェニエは最内を衝いて一瞬の伸びを見せるものの、及ばない。ロイヤルタッチやイシノサンデーは、後方に置いてきた。懸命に粘り、追いすがる他の馬たちを突き放すダンスインザダークに、ファンの歓声はボルテージを上げる。皐月賞では無念の回避を強いられたダンスインザダークだが、日本ダービーでついにその無念が晴らされ、それまで人気馬に騎乗しては負け続けた武騎手の悲願も、ここに成ろうとしている…?

 否。最高の舞台で会心のレースを進めてきた馬と騎手の背後には、もう1頭と1人の影が、はっきりと迫っていた。

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