ワンダーパヒューム列伝・たった2勝のクラシック馬
『勝負の刻』
閑話休題。ワンダーパヒュームの手綱を握る田原騎手は、思い通りの競馬ができずに苦しむ1番人気のライデンリーダーを見ながら、自分の仕掛けどころを測っていた。
田原騎手がこの日の最大のターゲットとみていたのは、ライデンリーダーではなかった。
「(4歳牝馬特別の)勝負どころでいやいや走っていた。(ライデンリーダーは)怖くない」
・・・誰もがライデンリーダーの破壊力に度肝を抜かれたと思っていた4歳牝馬特別だったが、田原騎手の感想は、まったく違ったものだった。戦う覚悟がない馬が通用するほど、JRAのGlは甘くない。それよりも気をつけるべき相手…戦う覚悟が備わっている馬は、別にいる。
田原騎手は、ダンスパートナーと武騎手が、後方で勝負の機会を虎視眈々とうかがっているであろうことを、全く疑っていなかった。中団にいる田原騎手には、後方にいるはずのライバルたちの正確な場所や動きが分からない。・・・それでも、田原騎手には、最後に立ちはだかる相手はダンスパートナーと武騎手だという確信があった。
第4コーナー付近で、勝負の流れは大きな動きを見せた。余力を残した馬たちが、最後の勝負どころとなる直線に向けて進出していく中で、ライデンリーダーは中盤で行き場を失い、ずるずると後退していく。その後も進路を探して右往左往するライデンリーダーだったが、彼女の前が空く気配はない。
自滅に近い形で消えていく1番人気、そしてまだ来ない最大の敵をよそに、田原騎手は懸命に仕掛けどころを測ろうとしていた。・・・この日の馬場状態は、決して良くない。仕掛けが早すぎれば最後に脚を失い、遅すぎれば届かない。そして、今は早すぎるかもしれない・・・という思いは、まだあった。
しかし、ここで田原騎手は、ある感覚を思い出した。末脚を一瞬しか使えなかったラブリースターなら、ここでの仕掛けは早すぎるだろう。だが、ワンダーパヒュームは、ラブリースターよりもいい脚を長く使えるはずだというのが、双方の乗り味を知る自分の感覚ではなかったか。
田原騎手は、意を決した。
「この馬なら頑張ってくれる」
という信頼とともに、ワンダーパヒュームにゴーサインを送り、馬もそれに応えた。
『戴冠、桜の女王』
田原騎手の意を受けたワンダーパヒュームは、直線に入るや、外からみるみる位置を押し上げていった。レース後、田原騎手は
「お母さん(ラブリースター)よりツーテンポ早く仕掛けることができた」
と仕掛けのタイミングを振り返っている。
ワンダーパヒュームの仕掛けと時を同じくして、内を衝いた馬たちも動いていた。ただ、馬場状態が悪いのか、それとももう脚が残っていないのか、彼女たちは、外を上がっていくワンダーパヒュームの末脚に及ばない。
上がってきたワンダーパヒュームは、一足お先に馬群を縫って抜け出していたプライムステージに外から馬体を併せていった。プライムステージも懸命に食い下がり、2頭が激しく競り合っている中で、外からはもう1頭が跳んで来る。・・・田原騎手が恐れていたダンスパートナーが、最後にやってきたのである。
ダンスパートナーの脚色は、ワンダーパヒュームを凌駕していた。外からワンダーパヒュームに迫るダンスパートナーのさらに後方からは、ようやく体勢を立て直したライデンリーダーも追い上げてくる。
だが、ワンダーパヒュームは、粘るプライムステージを競り落とし、ダンスパートナーの追撃を抑えて先頭でゴールした。1着、ワンダーパヒューム。2着、ダンスパートナー、クビ差。3着、プライムステージ、アタマ差・・・。
ウイニングランの際、田原騎手は右腕を天に高く掲げて喜びを表した。レース後にコメントを求められた彼は、
「それ(ワンダーパヒュームの好調さ)をファンの皆さんに伝えたくて、週明けからマスコミに言っていたんだけど、伝わらなくて悔しかった」
と話している。分かりやすい物語や話題性を追い求め、あるがままの事実を伝えようとしないマスコミに対し、田原騎手が皮肉な感情を持っていたことは明らかだが、彼は結果によって見事に見返す形となった。最後の直線での競り合いの際によれたことについて
「もっとビューティフルに勝ちたかったね」
とも語った田原騎手だが、この日の結果に満足していたことは間違いなかった。
この日の上位3頭の明暗を分けたのは、動き始めるタイミングだった。早めに動いたプライムステージはワンダーパヒュームの追撃をしのぎ切れず、最後に動いたダンスパートナーはワンダーパヒュームをとらえ切れなかった。田原騎手による、早すぎず、遅すぎない一瞬の判断が、ワンダーパヒュームと、ダンスパートナー、プライムステージとの間の紙一重の差となり、彼女を世代の頂点である桜花賞馬の座へと導いたのである。
これに対し、道中でスムーズな競馬を進められなかったライデンリーダーは、最後に追い上げたものの、上位3頭から1馬身3/4差離されての4着に終わり、人気を裏切る形となった。「交流元年」でいきなり頂点を狙ったライデンリーダーだったが、彼女たちの野望も不発に終わる形となった。