TOP >  年代別一覧 > 1980年代 > ハッピープログレス列伝~時代に消えた三冠の季節~

ハッピープログレス列伝~時代に消えた三冠の季節~

『王座を賭けて』

 ハッピープログレスが「短距離三冠」で暴れまわっている時は骨折による不本意な休養を強いられていたニホンピロウイナーだったが、その後の回復は順調だった。前年の最優秀短距離馬として、「短距離三冠馬」にいつまでも大きな顔をさせておくことはできない。ニホンピロウイナーもまた、いまだつかぬハッピープログレスとの決着をつけて雌雄を決するため、そして真の短距離王と呼ばれるため、再びターフへと帰ってきた。

 ニホンピロウイナーは、復帰戦に選んだ朝日チャレンジカップ(Glll)で、手薄な相手関係とはいえ、60kgの酷量、そしてお世辞にもベストとはいえない2000mの距離をものともせず、勝利で飾った。2000mを勝ったことから天皇賞・秋(Gl)へ進むという噂も流れたが、ニホンピロウイナー陣営は秋もマイル路線を歩むことを表明し、スワンS(Gll)からマイルCS(Gl)へと向かうローテーションを組んだ。これらはいずれもハッピープログレスも出走を予定していたレースであり、新旧2頭の短距離王は、真の短距離王座を賭けて激突することになった。

 ハッピープログレスとニホンピロウイナーが久々に顔を合わせたスワンSは、秋のマイル王決定戦・マイルCSの前哨戦とされていた。出走頭数こそ13頭で、数の上では安田記念より少なかったものの、その中にはハッピープログレス、ニホンピロウイナーの両雄はもちろんのこと、短距離戦線の常連たち、そして春のクラシック戦線でシンボリルドルフのライバルとして活躍した4歳馬ビゼンニシキも参戦していた。前哨戦にしておくにはもったいない有力馬たちの激突に、ファンは期待を高めていった。

『死を誘う独走』

 しかし、実際には、このレースではニホンピロウイナーの強さ、そして恐ろしさだけがいかんなくクローズアップされる結果となった。好スタートを切った2番人気のロングヒエンからすぐに先頭を奪ったニホンピロウイナーがレースを引っ張ると、3番人気ビゼンニシキをはじめとする他の馬たちもハイペースを追走していった。

 ・・・その結果は、第3コーナー過ぎでのロングヒエンの右前脚粉砕骨折であり、好位から追走したビゼンニシキの直線入口での、右前脚浅屈腱断裂だった。レースの後、ロングヒエンは予後不良、ビゼンニシキも競走能力喪失と診断され、そのままターフを去っていった。

 ハイペースで、好位追走の馬たちが次々と破滅していくとなると、いつものように後方からレースを進めたハッピープログレスに注目が集まってくる。実際、彼は後方から少しずつ進出していった。好位の馬が故障するほどの厳しい流れであれば、春の短距離三冠を制した豪脚を持つハッピープログレスの後方待機策には好都合ともいえる。彼の豪脚が爆発すれば、ニホンピロウイナーをとらえることもできるはずだった。

 だが、直線に入ってからのニホンピロウイナーの強さは、ハッピープログレス陣営のほのかな期待を打ち砕くものだった。ニホンピロウイナーは、ばてて脚が止まるどころか、さらに後続との差を引き離しにかかった。ハッピープログレスが追えども追えども、前との差は広がる一方である。

 結局、ニホンピロウイナーは2着に7馬身差をつけ、さらにコースレコードを叩き出すという楽勝となった。ハッピープログレスは、2着シャダイソフィアからかなり離されての3着がやっとで、3着とはいえ宿敵ニホンピロウイナーから1秒5、10馬身近く離された、屈辱のレースとなった。

『無風に挑む』

 ニホンピロウイナーの強さばかりが目立ったスワンS(Gll)を受け、第1回マイルCS(Gl)は「ニホンピロウイナーのためのレース」というのがもっぱらの評判となった。マイルCSには16頭が出走してきたものの、ニホンピロウイナーに恐れをなしたのか、関東からわざわざ遠征してきた馬は1頭しかいなかった。

「どうせニホンピロウイナーにはかなわない。ならば、関東からわざわざ馬を連れてくるのも面倒だ」

 ・・・今でこそ当然のように行われるようになった関東と関西の遠征、交流だが、当時はまだまだお互いが遠かった。ニホンピロウイナーの強さの証明は、今では考えられないような形で現れたのである。ちなみに、この日の単勝馬券を見ても、ニホンピロウイナーの支持率は、実に61.7%を記録していた。

 このように「無風」とみられたマイルCSだったが、スタート直前にちょっとしたアクシデントが発生した。2番人気のダイゼンシルバーが落鉄した上、ゲート入りを嫌ったため、発走時刻が10分遅れたのである。

 出走馬はみなそれなりに多くの場数を踏んできた馬たちばかりだったが、発走時刻の遅れの影響で感覚が微妙に狂ったのか、スタートは古馬Glでありながら、何頭も出遅れて、ばらついたスタートとなってしまった。・・・そして、出遅れた馬の中には、ハッピープログレスの姿もあった。ハッピープログレスは、またもや最後方からの競馬となった。

『勝負に潜む毒』

 だが、この日のハッピープログレスに最も大きな影響を与えたのは、ニホンピロウイナーまで、わずかながらもスタートで後手を踏んだことだった。スタートの良さが売りものだったニホンピロウイナーにとって、この出遅れはある意味でハッピープログレスよりも深刻な問題で、いつものように自分でレースを作れる位置にはつけることができず、4、5番手に控える競馬となった。いつも前の方でレースを支配する競馬ばかりで勝ち上がってきたニホンピロウィナーにとって、支配される側となる馬群での競馬はあまり経験がなかった。

 すると、ニホンピロウイナーが出負けしたことで、レースは予想外に緩やかな流れとなってしまった。実力馬が先行したレースでは、澱みのないハイペースになることが多いため、最後方からの強襲が決まるチャンスも大きい。だがニホンピロウイナーが控えて4歳馬のハルマゲドンがレースを引っ張ったとなれば、前崩れの展開は期待できない。前が止まらなければ、最後方にいるハッピープログレスがいくら頑張って追い込んでも届かない。まして、前にいるのがニホンピロウイナーならば、なおさらである。

「このままではまずい・・・」

 この日もハッピープログレスの手綱を取っていた田原騎手は、この日の展開にひそむ「毒」を察知した。では、その「毒」を回避するにはどうすべきなのか。・・・田原騎手は、最後方にいたハッピープログレスに早めに合図を送り、強引な進出を開始した。第3コーナー過ぎの下り坂を利用して、一気にまくっていく。これは、直線での狙いすました追い込みを得意とするハッピープログレスには本来合わない作戦であることを承知のうえでの、田原騎手の賭けだった。緩やかな流れの中で、はるか前にいるニホンピロウイナーをゴールまでにとらえるためには、そうする以外に方法はない。一気に仕掛けたハッピープログレスは、直線入口では既に先頭に立つ勢いになっていた。

1 2 3 4 5
TOPへ