『栄光への道』

　藤田騎手は、東京芝2400mコースの勝負どころである直線に入る前に、一度ダンスインザダークとの差を詰めたにもかかわらず、第4コーナー付近ではいったんライバルを先に行かせている。ここで仕掛けていたら、府中の長い直線で必ず脚をなくしていただろう。この時の一瞬の判断が、フサイチコンコルドの勝因となった。

　ただ、ここでダンスインザダークを行かせた後が、フサイチコンコルドの最大の試練だったかもしれない。ダンスインザダークを追いかける他の馬たちが第4コーナーに殺到した結果、フサイチコンコルドの進路が閉ざされるかに見えた。

　ところが、うまくいくときは、すべてがうまくいくものである。この時も、フサイチコンコルドの進路が閉ざされる直前、ダンスインザダークがわずかに内にもたれ、トピカルコレクターが外に逃げた。…その結果、フサイチコンコルドと藤田騎手の前に、またしてもぽっかりと空間が空き、馬場が良い外への道が拓けたのである。それは、日本ダービーの頂点、そして栄光への一本道だった。

『音速の末脚』

　先に抜け出したダンスインザダークは、残り200m付近で他の馬を競り落として、完全に抜け出した…はずだった。しかし、第4コーナーで置き去りにしたはずの馬が、外から迫って来る。力尽きて脱落していく他の馬たちと違って、研ぎ澄ました末脚で、いったん大きく開いたその差を、再び急速に詰めてくる。…それがフサイチコンコルドと藤田騎手であることに武騎手が気づいたのは、いつのことだっただろうか。

　ダンスインザダークとフサイチコンコルドは、ゴール手前で一瞬並んだものの、他のすべてを横綱相撲で相手にしてきたダンスインザダークと、ダンスインザダークだけを見てレースを進めてきたフサイチコンコルドでは、余力が違っていた。フサイチコンコルドがすぐ前に出て、クビ差をつけたところがゴールだった。

「コンコルドだ！コンコルドだ！外から音速の末脚が炸裂する！フサイチコンコルド！勝ったのはフサイチコンコルド！」

という直線の攻防とゴールの瞬間の実況は、今なお語り継がれている。…この実況が前提としている「コンコルド」は、最高速度がマッハ2を超す世界最速の超音速旅客機「コンコルド」だが、フサイチコンコルドの馬名の由来は航空機ではなく、フランスの「コンコルド広場」である…というのは、比較的有名なトリビアである。

『勝者と敗者』

　閑話休題。フサイチコンコルドの一世一代の走りを前に、小林師は立ち上がって「行け！行け！」と絶叫し、勝った途端に握手攻めを受けたというが、「へたり込んでいた」という異説もある。馬主席でも、馬主の関口氏は「勝った！勝ったぁー！」と絶叫し、従業員たちも含めて大騒ぎになったという。

　藤田騎手は、レースが終わって、フサイチコンコルドを向こう正面まで流した時に、田原騎手から

「伸二、やっぱりお前の言うとおりになったな」

と声をかけられたという。フサイチコンコルドの熱発傾向に散々振り回されたのは藤田騎手も同じだったが、まともに走りさえすれば優勝も狙えるという野望を、身近なところには漏らしていたようである。

　こうして歓喜に沸いたフサイチコンコルド陣営だが、勝者がいれば、敗者もいるのが勝負の世界である。

　ダンスインザダークの仕上がりに絶対の自信を持って送り出し、道中でも横綱競馬を体現する武騎手の騎乗に勝利への確信を深めていた橋口師は、最後に待っていたどんでん返しに呆然となった。最初、その逆転を成し遂げた馬が何者なのかも分かっておらず、それがフサイチコンコルドだと知った時には、

「あんなに強かったのか！？」

と驚愕したとのことである。

　橋口師は、すみれSではフサイチコンコルドの競馬を観戦しており、勝った際には小林師に祝福の言葉をかけていたし、この時点では、ダンスインザダークのライバルの1頭として、間違いなく視界にとらえていた。それなのに、なぜこんなに強い馬を、視界から外してしまったのか。

「プリンシパルSを使ってくれていれば…」

と、意味がないことを知りながらも、本来本番を前に実現するはずだった直接対決が流れ、楽に勝ちすぎてしまったトライアルでの運命の悪戯を悔やんだとのことである。

　また、武騎手も、ダービー前には、親しいマスコミからダンスインザダークのライバルを聞かれた際には、

「一番気持ち悪いのは、これ(フサイチコンコルド)やないか」

と答えたという。ただ、そんな武騎手も、プリンシパルSの熱発回避から中2週ということで、当日にはマークを外していた。この日、祝勝会まで予約していたダンスインザダーク陣営にとって、この日は悔やんでも悔やみきれない敗戦となった。

　何はともあれ、フサイチコンコルドは第63代日本ダービー馬となった。そして彼は、3戦3勝という戦績での日本ダービー制覇は、前年に2戦2勝で英国ダービーを制し、さらにはその後キングジョージ、凱旋門賞も勝って4戦4勝の欧州新三冠馬となったラムタラにちなむ「和製ラムタラ」や、当日の実況による「音速の末脚」など多くの異名を持つ、日本ダービー馬の中でも特別な存在となったのである。