ウイニングチケット列伝~府中が泣いたマサトコール~
『見えてきた構図』
ウイニングチケットには、ホープフルS(OP)での圧勝により、「クラシックの主役」という声がかかり始めた。
もともとは、彼らの世代の中でクラシック戦線の最有力候補と言われていたのは、ビワハヤヒデだった。後にGlを3勝、それもすべて圧倒的な強さで制覇するビワハヤヒデは、3歳時から熱発明けのデイリー杯3歳S(Gll)をレコードで圧勝するなど、大器の片鱗を見せていた。
だが、そのビワハヤヒデが朝日杯3歳S(Gl)、そして共同通信杯(Glll)で続けて2着に惜敗したことで、その様相は大きく変わりつつあった。「ビワハヤヒデで絶対」という構図は既に崩れ、高いレベルでの混戦、という予想に変わったのである。そこでビワハヤヒデに並び、追い抜く勢いで評価を高めたのが、ウイニングチケットだった。
ビワハヤヒデは、共同通信杯4歳Sの敗北を受けて、主戦騎手が岸滋彦騎手から岡部騎手に交替していた。こちらも関西馬に関東のトップジョッキーが騎乗するという構図である。
しかも、岡部騎手が得意とする戦法は、「先行、好位からの抜け出し」という堅実な、しかしある意味で「面白味のない」レースだった。それに対して、新たに台頭してきたウイニングチケットは、大向こう受けする派手な差しを得意としている。それぞれの騎手を象徴する対照的な戦法をとる彼らの戦いは、ファンにとって非常に分かりやすい関心の的となった。
また、この時点ではビワハヤヒデ、ウイニングチケットの評価に及ばないものの、年の暮れにラジオたんぱ杯3歳S(Glll)を勝って、クラシック戦線に名乗りをあげたナリタタイシンなど、さらなる新興勢力も次々と台頭していた。こうして、93年牡馬クラシック戦線は、その幕を開けたのである。
『そして戦いの幕は上がり・・・』
ウイニングチケットのクラシック戦線は、皐月賞トライアルの弥生賞(Gll)から始まることになった。弥生賞は、毎年皐月賞、日本ダービーの有力候補が終結して激戦となることが多く、この年も例外ではなかった。ビワハヤヒデの姿こそないとはいえ、ラジオたんぱ杯3歳Sの覇者ナリタタイシン、後に菊花賞(Gl)、天皇賞・春(Gl)で2着に入るステージチャンプなどが揃った顔ぶれは、前哨戦というには勿体ないものだった。
そんな充実した出走馬たちの中で、ウイニングチケットは単勝330円と抜けた支持ではなかったとはいえ、堂々の1番人気に支持された。
1番人気で他にマークされる立場になったウイニングチケットだったが、彼の戦い方そのものは変わらなかった。先行馬たちが先頭を激しく争う中、ウイニングチケットは自分の競馬に徹し、馬群から少し離れた位置にいるナリタタイシンからさらに遅れた一番後ろにつけたのである。
ウイニングチケットが動いたのは、レースの中間地点である1000m地点の付近だった。ウイニングチケットと柴田騎手は、一番後ろからマクリ気味に進出を開始した。
1番人気のウイニングチケットが動いたことによって、レースは全体が動き始めた。ウイニングチケットをマークしていたナリタタイシンもまた、先に動いたウイニングチケットを追いかけて、ぴったりとついてきていた。
最後の直線に入ると、ウイニングチケットは前を行く馬たちをまとめてかわし、一気に突き抜けた。後方からは、そんなウイニングチケットの末脚が鈍ったところを一気に差し込もうと、ナリタタイシンたちも襲ってくる。・・・だが、この日のウイニングチケットは、周囲とはまったくものが違っていた。
直線での末脚勝負となったウイニングチケットとナリタタイシンとの戦いは、ウイニングチケットが追いすがるナリタタイシンを逆に突き放し、2馬身の差をつけて快勝した。1番人気でマークされる展開となりながら、マークに徹してきた相手を直線でさらに突き放すという競馬は、着差もさることながら、実質はそれ以上の圧勝だった。
ウイニングチケットが弥生賞を制する一方で、若葉S(OP)から始動した最大のライバル・ビワハヤヒデは、比較的相手関係に恵まれたとはいえ、鞍上に新しく迎えた岡部騎手とのコンビで危なげのない勝利を収めて皐月賞へと駒を進めた。皐月賞の前評判は「BW対決」「岡部対柴政」の様相が強くなっていった。「花の15期組」と称された同期でデビューし、「天才」と呼ばれた関西の福永洋一騎手が不慮の事故で引退を余儀なくされた後、ともに日本競馬を引っ張ってきた2人の対決に、競馬界は沸いた。
『思いがけぬ作戦』
ウイニングチケットは、弥生賞を優勝した後の調整も至極順調に進み、いよいよクラシック本番の開幕を告げる皐月賞(Gl)を迎えた。
皐月賞を見守るファンは、ホープフルS、弥生賞と中山2000mのレースで、柴田騎手とともに豪快な差し切りで連勝してきたウイニングチケットに夢を賭けた。ウイニングチケットの単勝オッズは200円で、ライバルのビワハヤヒデを抑え、堂々の1番人気に支持されたのである。彼を支持したファンの望みは、最後方から豪快に追い込むという弥生賞のレースを、皐月賞でも再現することだった。
しかし、ウイニングチケットの鞍上にいる柴田騎手は、ファンとはまったく別のことを考えていた。彼の中にはそれまでのレース、特に弥生賞は、たまたま前が激しい流れ、乱ペースになったことから、やむを得ず最後方につける形になったという意識があった。常に好位からレースを進められる最大のライバル・ビワハヤヒデに対し、展開次第、能力任せの直線一気の競馬に賭けるのは、あまりにも運否天賦の無謀な賭けである。ウイニングチケットの本質からしても、中団から差す競馬をするのが一番いい、というのが柴田騎手の思いだった。
この日の柴田騎手は、ウイニングチケットをいつもより前の位置となる中団で、ビワハヤヒデを見ながらの競馬をした。予期せぬウイニングチケットの作戦にファンは戸惑い、かすかなどよめきを見せた。
スタンドの戸惑いに満ちた雰囲気をよそに、レースのボルテージは徐々に高まっていった。ウイニングチケットは、中団から道中でも徐々に進出を開始した。第4コーナーあたりで早くもビワハヤヒデに並びかけようという勢いのウイニングチケットに、ファンはウイニングチケットが弥生賞で見せた豪脚の再現に期待をかけた。直線に入って逃げていたアンバーライオンが一杯になると、それに続く馬たちが一斉に横に広がった。それからは、ウイニングチケットの時間となるはずだった。
『混戦の中、抜け出したのは・・・』
・・・しかし、この日のウイニングチケットは、激しい気性を自らコントロールできていなかった。返し馬の時から入れ込み気味だったウイニングチケットは、道中でも落ち着いてくれなかった。この日の位置どりも、中団につけたことまでは柴田騎手の作戦どおりだったが、道中で早めに進出を始めたのは、ウイニングチケットの激しい気性を柴田騎手の手綱をもってしても制御しきれなくなっただけだった。
道中で力を無駄に消費してしまった結果、直線に入ってからのウイニングチケットは、思いのほか伸びを欠いた。それどころか、道中好位でぴたりと折り合っていたビワハヤヒデに、逆に突き放されていく。柴田騎手が懸命に追っても、ウイニングチケットはビワハヤヒデについていくことができない。
そんな中で、大外からはただ1頭、もの凄い脚を使って追い込んでくる馬がいた。その馬は、ウイニングチケットが弥生賞で粉砕したはずのナリタタイシンと武豊騎手だった。ナリタタイシンは、この日も弥生賞と同じように最後方での待機策をとり、末脚勝負に賭けていたのである。ナリタタイシンは、あっという間にあえぐウイニングチケットをかわすと、ひとあし早く先頭に立っていたビワハヤヒデに襲いかかった。
結局、ナリタタイシンがビワハヤヒデよりクビ差先んじたところがゴール板だった。ウイニングチケットは1番人気を裏切り、屈辱的な5着入線に甘んじた。ガレオンが降着処分を受けたおかげで着順は4着に繰り上がったものの、そんなものは何の慰めにもならなかった。