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阪神3歳牝馬S勝ち馬列伝~仁川早春物語(上)~

『ただ一度の輝きの後に』

 92年JRA最優秀3歳牝馬となったスエヒロジョウオーは、本来ならば翌年の牝馬三冠戦線で中心視されても不思議ではないはずだった。しかし、スエヒロジョウオーへの評価を反映して人気は薄く、桜花賞トライアルであるはずのチューリップ賞で、重賞勝ち馬はスエヒロジョウオーただ1頭であるにも関わらず、彼女の単勝は680円の3番人気にとどまった。1番人気は、前走で折り返しの新馬戦を勝ち上がったばかりのベガである。

 そして、このレースでスエヒロジョウオーは、9着に敗れ去った。

「やっぱりか・・・」

 スエヒロジョウオーの阪神3歳牝馬Sはフロックとする見方が、急速にファンへと広がっていった。もともと実力を疑問視されていただけあって、そして結果がそんな見方の裏付けとなっただけあって、こうした見方が定着するまでに時間はかからなかった。

 この年の牝馬三冠戦線は、チューリップ賞でスエヒロジョウオーからいともたやすく1番人気を奪ったベガを中心として進んでいった。その一方で、スエヒロジョウオーの4歳時の戦績は、3歳女王のものとは信じられないようなものだった。

チューリップ賞(OP)、16頭だて3番人気、9着。
桜花賞(Gl)、18頭だて8番人気、6着。
サファイヤS(Glll)、12頭だて10番人気、9着。
ローズS(Gll)、14頭だて9番人気、10着。
エリザベス女王杯(Gl)、18頭だて13番人気、12着。

 世紀の「12万馬券の立役者」として歴史に名を残したスエヒロジョウオーは、通算成績11戦3勝、阪神3歳牝馬S優勝の実績だけを残してターフを去っていった。

『それからの系譜』

 現役を引退したスエヒロジョウオーは、生まれ故郷の小泉牧場に帰り、繁殖牝馬として第二の馬生に入った。

 「阪神3歳牝馬Sはフロック」「フロックで勝ったのがたまたまGlだった」などと言われたスエヒロジョウオーだが、ファンに彼女の名前を思い出させるまでに、そう時間はかからなかった。95年にコマンダーインチーフとの間で生まれた初子のスエヒロコマンダーは、60戦7勝、Glでこそ実績を残すことはできなかったものの、鳴尾記念(Gll)、小倉大賞典(Glll)で優勝し、母とは違った晩成の血を示すとともに、母の6倍以上となる4億4000万円の賞金を稼ぎ出した。スエヒロコマンダーと同じ年に生まれた半弟のコウエイテンカイチも、重賞勝ちこそ果たせなかったものの、早い時期に2勝をあげて、皐月賞に出走した(16着)ことで、スエヒロジョウオーの一族の血統は大きく見直された。

 ただ、その後に彼女の子の世代から重賞戦線に顔を出すような産駒は現れず、彼女自身も2020年4月に死亡した。産駒成績だけを見ると、競走生活と同じスエヒロコマンダーの「一発屋」に終わったようにも思えるが、繁殖入りした牝馬も多いことから、孫やそれ以降の世代からさらなる活躍馬が現れる可能性は、十分に留保されている。今後も彼女の一族の成績を見守っていきたい。

『彼女が残したもの』

 スエヒロジョウオーは、阪神3歳牝馬Sで歴史的な高配当を演出したことで歴史に名を刻むとともに、その後の戦績があまりに振るわなかったことから、フロックの象徴としてもファンに記憶を残している。

 「歴史的な高配当」という観点からは、スエヒロジョウオーが競走馬だった時期には存在しなかった「馬単」「3連複」「3連単」のように高配当の可能性が高い新馬券が次々と発売されたことで、スエヒロジョウオーの阪神3歳牝馬Sを超える高配当も少なからず出てくるようになった。Glにおける「馬連」での高配当に絞っても、2008年桜花賞で196630円という高配当が出たことから、現在は歴代2位となっている。

 しかし、長らくGlの最高配当記録に名前を刻んだスエヒロジョウオーの「快挙」への驚愕と郷愁は、そうたやすく消えるものではない。

 一般的に、「フロック」という言葉は決していい意味では使われない。だが、スエヒロジョウオーの場合は、「フロック」という言葉が人気薄の衝撃と高配当の記憶を結び付け、彼女の存在を伝説としている、という側面がある。1991年から2008年までの間、JRAで高配当馬券が話題になるたびに、マスコミはスエヒロジョウオーの阪神3歳牝馬Sを引き合いに出し、ファンも彼女のことを思い出していた。スエヒロジョウオーとは、「フロック」を極めることでその位置づけを負から正へと昇華させた、特異な存在であるといえる。

 スエヒロジョウオーとは、その特異性ゆえに、阪神3歳牝馬S、そしてJRAの歴史の中で異彩を放つ存在である。こうした異端の存在を受け入れた時、歴史はより味わい深く、魅力的なものとして広がっていくのかもしれない。

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