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スペシャルウィーク本紀・日本総大将戦記

『高まる期待』

 臼田氏によって「スペシャルウィーク」と名付けられたキャンペンガールの子は、やがてノーザンファームへ移動することになった。

「素質のある馬は、最高の施設でトレーニングをしてこそ実力を発揮できる」

 そんな理由があってのことだったが、それを決めて伝えた宏氏は、彼を担当していた女性従業員から泣きながら抗議され、苦労したという。

 やがてスペシャルウィークを迎え入れたノーザンファームの育成部門でも、彼の将来性はすぐに話題になっていった。ノーザンファームでは、白井厩舎へ入厩した後のことを考えて、勤めていた白井師の息子がスペシャルウィークの担当となって調教をつけ、競馬を教えていったという。ちなみに、ノーザンファームの育成部門では、彼より少し早い時期に同世代の栗毛の米国産馬も担当しており、この2頭への期待が特に高かったというが、この2頭の物語が交差するのは、もう少し先のお話である。

 1997年9月、スペシャルウィークはノーザンファームから白井厩舎へと入厩した。スペシャルウィークを迎え入れた際、白井師は、スタッフに向けて

「来年は、この馬でダービーへ行こう!」

と檄を飛ばしたという。白井厩舎の所属馬は、95年にダンスパートナーがオークスを勝っているが、日本ダービーを勝ったことはない。白井師の視線は、はっきりとはるか先を見据えていた。

『邂逅』

 白井厩舎に入厩した後のスペシャルウィークは、古馬と併せても引けを取らないという3歳馬離れした走りで。たちまち栗東の評判馬の1頭になっていった。

 白井師は、デビュー戦の前々週の調教を、武豊騎手に依頼することにした。

「オーナー直々のお願いなんだ。いい馬だから、乗ってくれよ」

 武騎手は、87年に騎手としてデビューし、3年目の89年には最初のリーディングジョッキーに輝くと、その後は91年(2位)を除いてすべて騎手リーディング1位という押しも押されもせぬ大騎手で、本来であれば、新馬の調教に乗る必要などない身分である。・・・ただ、翌年のクラシック戦線を狙う新馬を見定めるためであれば、彼は乗ってくれる。

 もともと東京に本拠を置く実業家であり、スペシャルウィーク以前の所有馬も関東馬が多い馬主の臼田氏にとっても、関西に本拠地を置く最高の騎手といえば、武騎手以外にありえない。

 また、白井師は、ノーザンファームで彼を担当した息子からも、武騎手を推薦されていた。

 そして何より、白井師自身、武騎手はダンスパートナーでオークスを勝たせてもらった信頼がある。そして、スペシャルウィークは、彼にクラシックを狙える器として紹介しても全く恥ずかしくない馬だという自負が、彼自身にもあった。

 白井師が、調教から帰ってきた武騎手に声をかけると、武騎手もかなり興奮した様子だったという。

「先生、あの馬、ダンスインザダークにそっくりですよ」

「え?いや、ダンスパートナーに似てへんか?」

「全姉弟ですからね。でも、男馬ですからダンスインザダークに似てますよ」

 武騎手も、抜群の手応えに震えていた。ダンスインザダークは、武騎手がこの年のクラシック戦線をともにした馬であり、日本ダービーでは1番人気に支持されたものの、フサイチコンコルドの強襲に遭って2着に敗れている(後に菊花賞で悲願のGl制覇を果たす)。

 ダンスインザダークは、確かにダンスパートナーの全弟ではあるが、白井厩舎所属の姉とは違って橋口弘次郎厩舎の所属馬だから、白井師にそう言ったところで、伝わるはずもない。

 ただ、通常であればそうした気遣いは欠かさないという武騎手に、それを忘れさせるほどの興奮をもたらしたといえば、その時の手応えの大きさも分かろうというものである。

 武騎手は、騎手として既に歴史的な領域の成績を残してはいたが、この段階ではまだ日本ダービーを制していなかった。88年にコスモアンバーで初騎乗した際には16番人気で16着とまったく勝負にならなかった武騎手だが、それから97年までの10年間は、92年を除いて9回騎乗し、そのうち1番人気が1頭(96年ダンスインザダーク)、2番人気が2頭(90年ハクタイセイ、97年ランニングゲイル)、2番人気が3頭(93年ナリタタイシン、95年オースミベスト)と3番人気以内も5頭いたのに、2着と3着が各1回というのは、彼にとっては胸の張れる成績ではありえない。だが、この馬なら・・・?

 母親の生命と引き換えに生を享け、実の母親の死によって乳母と人間によって育てられたスペシャルウィークは、こうして競走馬としての馬生を新しい出会いとともにスタートさせたのである。

第1部~完~

「第2部・黄金世代」(仮)

「第3部・王道踏破」(仮)

「第4部・日本総大将」(仮)

coming soon・・・?

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