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タレンティドガール列伝 ~秋の淀に咲いた才媛~

『才媛の挫折』

 桃花賞で蛯沢騎手と初めてコンビを組んだタレンティドガールは、初めての芝のレースを苦にすることなく、1番人気に応えて2勝目を挙げた。ちなみに、この時2着に破った相手は、メジロライアンの姉で、自身も後に日経賞(Gll)、目黒記念(Gll)を勝つメジロフルマーである。

 この勝利で通算戦績を4戦2勝としたタレンティドガールは、桜花賞をも視野に入れ、まずフラワーC(Glll)へと挑むことになった。タレンティドガールにとって、重賞への初挑戦だった。

 ・・・しかし、その結果は無残なものだった。スタート直後から最後方の競馬を強いられたタレンティドガールは、勝ったハセベルテックスから遅れること1秒、11着という惨敗を喫したのである。

 予想もしない惨敗を受けて、タレンティドガール陣営は今後の方針を話し合った。そこで出てきたのは、

「桜花賞に出すのは、時期尚早なんじゃないか・・・」

という意見だった。3ヶ月で5戦目という厳しいローテーションも気になった。タレンティドガールは、ただでさえ使い減りが激しいタイプで、レースを使うとその後の飼い葉食いが悪くなるところがある。体質にそんな弱さを抱えた馬なのに、もし桜花賞に進むなら、さらにそこから中2週の厳しい日程を組むことになる・・・。

 結局、タレンティドガールは桜花賞を回避し、目標をオークス(Gl)一本に絞ることになった。タレンティドガールが回避した桜花賞を、75年にテスコガビーが記録した大差勝ちに次ぐ8馬身差で圧勝したのは、田原騎手が騎乗するマックスビューティだった。

『日陰の花』

 その後しばらくの間、タレンティドガールの消息は水面下へと潜行した。・・・というよりも、初挑戦の重賞であっさりと壁にぶちあたった2勝馬の動向など、誰も特別な関心を持たなかった、という方が正しいかもしれない。彼女程度の馬にいちいち注目していたら、紙面や時間がいくらあっても足りない。注目すべき馬は、他にいくらでもいる。まして、この年は絶対的な本命・・・マックスビューティがいた。

 フラワーCの2ヶ月後、タレンティドガールはオークスに出走するために、東京競馬場へと姿を現した。桜花賞を捨てて目標を絞った甲斐あって彼女の調子と仕上がりは上々だったが、オークスでの下馬評は「マックスビューティで断然」というものだった。桜花賞を8馬身差の大差で圧勝し、さらにオークストライアルも楽勝しているその強さは、前年の三冠牝馬メジロラモーヌをも凌ぐかと思わせるほどだった。

 もしそんなマックスビューティに不安材料を探すとすれば、それは血統からくる距離不安だっただろう。だが、もともとこの時期での2400mという距離は、出走馬のほとんどにとって未踏の距離である。オークストライアルで2000mを難なくこなしたマックスビューティは、むしろ距離への実績という意味でも上位といえた。

 桜花賞馬マックスビューティ。単勝180円の支持を集めた「究極美」の前に、11番人気のタレンティドガールの存在は、忘れられた・・・というより、当初から認識されていないも同然だった。

『新たなる出発』

 そして、人気のとおり、マックスビューティは強かった。この日のレースを終盤まで引っ張り、残り100m地点まで懸命に逃げ粘ったのはクリロータリーだったが、最後に田原騎手が右鞭を飛ばすと、マックスビューティが繰り出す末脚は重馬場を切り裂くようにクリロータリーをとらえ、最後は2馬身半置き去りにした。

「強い・・・」

 そんな感嘆の声が府中のスタンドに満ちたのも当然のことで、彼らの賞賛の視線はただ1頭の勝者に注がれた。2馬身半という着差が小さく思えるほどに、マックスビューティが見せた競馬は異次元のものだった。「マックスビューティのためのオークス」・・・この日のレースを見守った誰もが、そう感じたに違いない。

 だが、果たして彼らは気づいていただろうか。レース開始の直後から馬群のやや後方に待機し、最後の直線では出色の末脚を見せていたタレンティドガールのことに。

 タレンティドガールは、直線でマックスビューティに迫る気配を見せたものの、最後はマックスビューティに逆に突き放される形となっていた。普通に考えれば、これは完敗と見られても仕方がない。また、クリロータリーとの争いにもハナ差遅れをとって3着となっている。

 しかし、重馬場の中、出走した24頭の中で最速となる上がり3ハロン36秒7を記録したのは、マックスビューティではなくタレンティドガールだった。最後に突き放されたのは、力のいる馬場なのに早めに動いて最後の3ハロンでいっぱいになったためで、その結果、最後の200mほどまで力を温存していたマックスビューティに置いていかれる形になった。

「仕掛けが早すぎた・・・」

 では、仕掛けが早すぎなかったとしたら、どうなっていたのか・・・?蛯沢騎手の頭に浮かんだその疑問こそが、タレンティドガールの秋への出発点となった。

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