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アグネスフライト列伝~一族の見た夢~

『怪物候補生』

 新馬戦のレースを見た長浜師は、馬主の渡辺氏に、思わずこう報告したという。

「ひょっとしたら、こいつは怪物になるかもしれません」

 第3コーナー以降に見せた豪脚は、アグネスフライトの底知れぬ将来性を感じさせた。デビューは予定より大きく遅れたアグネスフライトだったが、彼のデビュー戦の内容は、当初目標とするはずだった日本ダービー(Gl)より早く、皐月賞(Gl)になんとか間に合わせたいと思わせるに十分なものだった。

 アグネスフライトは、2戦目でいきなり皐月賞トライアルの若葉S(OP)に出走することになった。この年の皐月賞トライアル戦線を見ると、弥生賞(Gll)ではフサイチゼノンやエアシャカール、スプリングS(Gll)ではダイタクリーヴァといった有力馬たちが前評判どおりの結果を残していたが、若葉Sには彼らのような不動の有力馬の存在はなかった。

 当日に1番人気に支持されたのは、ヒダカサイレンスである。2戦2勝の後に脚部不安で休養に入り、底を見せないままの状態で若葉Sから復帰することになったこの馬だが、しょせんは毎年現れる「秘密兵器」の域を出ず、実際の実力はまだ未知数にすぎず、調整過程も順調ではなかった。アグネスフライトの手応えを知った長浜師、河内騎手たちにとって、ヒダカサイレンスを筆頭とする若葉Sのメンバーならば、十分に勝負になるという手ごたえを感じていた。

『予期せぬ失墜』

 若葉S当日のアグネスフライトは、ヒダカサイレンスに次ぐ2番人気となった。不安材料を探すならばマイナス22kgという馬体重の大幅な減少だったが、明らかに太め残しで圧勝した新馬戦を基準とすれば、一気に仕上げてきたとみることも可能である。

 しかし、河内騎手は、この日のアグネスフライトに、デビュー戦では感じなかった苛立ちを感じ取った。レース、否、戦場に向かう精神的な落ち着きを欠くアグネスフライトの様子は、彼がまだ精神的には幼い存在であることを物語っていた。

 そして、レースに入ってからのアグネスフライトも、ひどい内容だった。後方からの競馬となったのはデビュー戦と同じだったが、第3コーナーから素晴らしい末脚を繰り出したデビュー戦と違い、この日は末脚が完全に不発に終わった。11番人気の人気薄・クリノキングオーが快勝して穴を開ける中、アグネスフライトはヒダカサイレンスともども沈没し、勝ち馬から1秒2も離された12着に終わったことで、馬連3万馬券の片棒を担ぐ結果になったのである。

「第3コーナーから第4コーナーにかけて、初戦のような反応がなかった。体重も減っていたし、レース前もいらついていたし、久々の影響なのかなあ・・・」

 レースの後、河内騎手はそう言って首をひねった。だが、惨敗は惨敗である。

「これは、時間がかかるかもしれないな・・・と思った」

 思わぬ大敗を喫したこの時の心境について、彼はそう話している。この敗戦で皐月賞への出走の可能性を断たれたアグネスフライトは、やむなく若草S(OP)へと回ることになった。

『皐月賞の前日に』

 2000年4月16日、第60回皐月賞・・・の前日、阪神競馬場で行われた若草S(OP)には、皐月賞への出走を目指しながらも果たせなかった馬たちが集まり、さながら「残念皐月賞」ともいうべきレースとなった。若葉Sで敗れて賞金を上積みできなかったアグネスフライトにしてみれば、皐月賞の出走を逃した悔いの雪辱という意味にとどまらず、日本ダービーに出走のために、凡走が許されないレースだった。

 ただ、前走の惨敗によって、アグネスフライトはファンの間で

「底が見えた・・・」

という否定的な評価をされるようになっており、前走で22kg減っていた体重も、この日さらに2kg減っていた。単勝170円の1番人気を集めたのは、若葉Sでアグネスフライトと同様人気を裏切って敗れたヒダカサイレンスであり、2番人気に続くのはジャパンC勝ち馬レガシーワールドの半弟レガシーアンサーで、アグネスフライトはその次の3番人気にとどまっていた。

 この時点でのアグネスフライトの課題は、明らかに他の馬に劣るスタートだった。そして、彼はこの日も約1馬身ほど出遅れた。

 しかし、河内騎手は

「気合をつけると、かかりそうだった」

と言って、後方でじっくり構えることにした。デビュー戦では炸裂し、2戦目は不発に終わったアグネスフライトの末脚・・・それは、アグネスフライト自身の幼さ、未完成ぶりゆえに、彼自身の闘志を100%生かす乗り方でなければ引き出せない。河内騎手が気を配ったのも、いかにアグネスフライトの走る気をそこなわないか、ということだった。

『抑えきれぬ野性』

 河内騎手の苦心の甲斐あって、今度は第3コーナー過ぎから進出を開始したアグネスフライトだったが、

「直線に入った時、すぐに反応しなかった」

ため、河内騎手は一瞬ひやりとしたという。しかし、アグネスフライトは河内騎手の予想よりワンテンポ遅れたとはいえ、ここからもう一度、跳ねた。

 阪神の直線は、短い。だが、アグネスフライトは、その短い直線の中を、馬群を割って突き抜けた。2着のジンワラベウタに半馬身差をつけ、3着スターリングローズの猛追も退けて先頭でゴールし、1着賞金1900万円を獲得したのである。

 若草Sの勝ち方について、河内騎手は

「ラクではないけれど、意外性を感じさせる勝ち方」

と評する。無論、それは河内騎手のみならず長浜師、関係者、そしてファンの共通認識である。スタートが下手で、直線に入るまで炸裂するかどうか分からない後方一気の競馬しかできないというアグネスフライトは、母のアグネスフローラと比べると、荒削り・・・というよりは、かなり未熟なイメージすら与えた。将来的な奥行きはともかく、現時点ではどうか・・・?日本ダービーについては優先出走権がなく、賞金的にも出走が確実とはいえないこともあって、この時点でのアグネスフライトに、まだ「ダービー」の4文字は、遠かった。

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