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エルウェーウィン列伝~28戦目の奇跡~

『敵はただ1頭』

 一般の下馬評は「ビワハヤヒデ、圧倒的優勢」というものだった。エルウェーウィンもビワハヤヒデと同じく無敗ではあったが、ビワハヤヒデが130円の支持を集めたのに対し、エルウェーウィンは前走で初勝利をあげたばかりのニホンピロスコアーをはさんだ3番人気、オッズに至っては1220円で、完全に水を開けられていた。

 だが、大きく開いた人気の差は、南井騎手に思い切ったレース運びを可能にした。南井騎手は、レース中ビワハヤヒデ1頭に狙いを定め、完全なビワハヤヒデマークに集中したのである。

 当時のビワハヤヒデは、いい脚を長く使える反面、一瞬の斬れ味には欠けるタイプだった。岸騎手もさすがにGlということでそのあたりを意識したのか、この日はいつもより早めに動き、第4コーナーでは先頭を窺う勢いで上がっていった。

 しかし、南井騎手はビワハヤヒデの後ろにつけてエルウェーウィンの仕掛け時を窺っていた。ひとあし早く仕掛ける形になったビワハヤヒデを見切って動いたエルウェーウィンは、馬群から抜け出そうとするビワハヤヒデに対して馬体を併せにいった。

「馬体を併せれば、エルウェーウィンのよさが生きるはず」

 そんな南井騎手の思惑どおり、いったん馬体を併せると、エルウェーウィンは素晴らしい勝負根性でビワハヤヒデを追いつめていった。デビュー戦の新馬戦ではハナ差、2戦目の京都3歳Sでは同着に持ち込んでまで勝利をもぎ取った不屈の闘魂が、ここにみたび燃え上がったのである。

『登頂』

 ビワハヤヒデも1番人気の誇りにかけて、鞭とともに抵抗するが、エルウェーウィンはあくまでも食らいついていく。そしてエルウェーウィンは、ゴール前ではビワハヤヒデと並ぶようにゴールした。ゴールを一歩過ぎたところで前に出ていたのはエルウェーウィンだったが、果たしてゴール前ではどうなのか。

 写真判定の結果は、ゴールの瞬間、エルウェーウィンがハナ差だけビワハヤヒデをとらえたというものだった。エルウェーウィンは、3連勝でGlに登頂したのである。クラシックに出走権のない外国産馬であるエルウェーウィンにとって、朝日杯はなんとしても手にしたいタイトルだった。

 そういえば、エルウェーウィンとビワハヤヒデとの間には、岸騎手を巡る因縁もあった。南井騎手がレース後に語った

「第4コーナーでは楽に1馬身くらいかわせると思った。やっぱり相手も強いよ」

というコメントは、何とも人を食っている。エルウェーウィンを捨ててビワハヤヒデを選んだ形になっていた岸騎手だが、当時の彼の立ち位置は、「若手のホープ」というものではあっても、クラシック戦線を前に複数の候補馬から一番有力な馬を選べる一流騎手のそれ…ではまったくなく、92年時点で日本ダービーにはまだ騎乗機会すらなかった。ビワハヤヒデとエルウェーウィンのどちらかの生まれが1年ずれていれば…いや、どちらかが朝日杯に出走さえしなければ、クラシック戦線と裏路線でそれぞれに騎乗することもできたはずである。岸騎手にしてみれば、この後何日かは眠れない日々が続いたのではないだろうか。

『暗転』

 こうして3歳王者となったエルウェーウィンだったが、その後は思わぬ苦しい戦いを強いられることになった。

 きっかけは、脚部不安による長期休養だった。3歳王者として4歳戦線での活躍が期待されていたエルウェーウィンは、戦いの場に姿を現すことさえできないまま、4歳春を完全に棒に振ってしまった。

 秋になって、重賞戦線が本格化し始めても、やはりエルウェーウィンはなかなか帰ってこない。外国産馬のエルウェーウィンの場合、当時の規則により、クラシックには出走できない身ではあった。しかし、クラシックどころか他のレースにも出走できなくなってしまい、成長盛りの時期を棒に振ってしまったのは、たいへんな痛恨事だった。

『長く暗い道』

 骨折による長期休養から復帰したエルウェーウィンの復帰戦は、朝日杯3歳Sから約1年後のオープン特別トパーズSに決まった。ここで生涯最初の1番人気に支持されたエルウェーウィンは、2着とまずまずの好走を見せた。エルウェーウィンにとっては生涯最初の敗北だったが、もともと故障による長期休養明けというのは、かなりの実力馬でも、実力を発揮するのは難しい。オープン特別とはいえ、2着というのはそれほど悪い結果ではなく、力を得た陣営は、次走で敢然と有馬記念に出走することにした。

 しかし、その結果は、かつて朝日杯でハナ差競り落としたビワハヤヒデが菊花賞馬として出走して2着に入った一方で、エルウェーウィンは無惨にも13着に終わった。有馬記念で奇跡の復活をとげたのは、1年ぶりの出走でいきなり優勝したトウカイテイオーだったのである。

 そして、エルウェーウィンの苦しみは、これで終わりではなかった。むしろ、とても長い苦しみの、ほんの始まりに過ぎなかった。

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