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メジロブライト列伝~羊蹄山に季節は巡り~

『三強の3番目』

 阪神大賞典での敗北は、天皇賞・春でのメジロブライトをより厳しい立場へと追い詰めることになった。古馬中長距離戦線の王道では、強い5歳馬たちが主要レースを荒らし回っていた。そんな中で、旧勢力たる6歳以上の古馬たちを代表する存在がメジロブライトだった。そのメジロブライトが、5歳世代のトップの馬たちには歯が立たない。この事実は、彼だけでなく彼の世代そのものを「強い1998年クラシック世代」との対比で「弱い世代」として貶めてしまう結果につながりかねない。

 阪神大賞典の翌週、日経賞(Gll)ではスペシャルウィークと並ぶ5歳世代の雄セイウンスカイが、5馬身差の圧勝を遂げた。役者たちが揃う中、メジロブライトの、世代の意地と誇りを賭けた闘いは、最終局面を迎えようとしていた。

 天皇賞・春当日、下馬評では阪神大賞典を勝った前年のダービー馬スペシャルウィーク、日経賞で順調に始動した二冠馬セイウンスカイ、そして阪神大賞典こそ2着に敗れたものの、前年に続いて天皇賞・春連覇を目指すメジロブライトの「三強対決」というこえがもっぱらだった。ただ、馬券上のオッズを見ると、メジロブライトは230円のスペシャルウィーク、280円のセイウンスカイからはやや差をつけられ、単勝410円の3番人気となった。「三強の3番目」… それが、メジロブライトの天皇賞・春での偽りなき評価だった。

『挑戦』

 この年の天皇賞・春は、古馬最高のレースらしく、まとまったスタートとなった。ただ、この日は逃げが予想されていたセイウンスカイが単騎逃げをうてなかったため、サンデーセイラ、セイウンスカイ、そしてスペシャルウィークらが前で競馬を作る形となった。セイウンスカイはレース中盤から先頭に立ったものの、レースの流れ自体は彼のものとは異なっていた。

 そんな中でメジロブライトは、中団のやや後方からレースを進めた。奇しくも前年のライバルだったシルクジャスティスと並ぶような形になったメジロブライトだったが、この時彼が気をつけなければならないのは、隣の同世代ではなく、前で激しい競馬を続ける新世代の雄たちだった。

 道中は十分に脚をためていたメジロブライトだったが、2周目の第3コーナーあたりから、絶好の手ごたえで上がっていった。前では、好位から早めに動いたスペシャルウィークと、先頭で粘るセイウンスカイとの叩き合いが続いていた。彼らをとらえるためには、この場所から上がっていかなければ間に合わない。メジロブライトは直線に入ると、戦いを下馬評のとおり「三強対決」とすべく、外から仕掛けたのである。

 前2頭の戦いは、自分のペースで競馬を進めたか否かの差もあって、スペシャルウィークの脚色がよかったが、メジロブライトは、セイウンスカイを競り落とそうとしているスペシャルウィークに対し、絶妙のタイミングで戦いを挑んだ。

『永遠の半馬身』

 好位から早めに動き、2番人気セイウンスカイを一騎打ちで競り落としたスペシャルウィークは、それまでの段階でかなりの脚を使っているはずだった。道中を中団で我慢したメジロブライトにしてみれば、一気に差し切るには絶好の展開だったといっていい。現に、メジロブライトのしぶとい末脚は、この日も健在だった。

 しかし、それからのメジロブライトは、セイウンスカイまでは捕らえたものの、肝心のスペシャルウィークには、なかなか並ばせてももらえなかった。河内騎手が追っても鞭を入れても、その差は変わらない。ゴール板が近づくにつれ、メジロブライトの天皇賞・春連覇の夢は遠ざかっていく。

 メジロブライトは、スペシャルウィークとの残り半馬身差をついに逆転できないまま、ゴールを迎えることになった。半馬身差と言葉でいうとわずかな着差に思えるし、また阪神大賞典と比べると、その着差は縮まっている。しかし、河内騎手はメジロブライトと戦いを共にしてきたがゆえに、まざまざと感じていた。阪神大賞典にしろ、天皇賞・春にしろ、スペシャルウィークとの間の着差は、たとえその後何百メートル走り続けたとしても決して縮まることはない…。

 レースの後、河内騎手は

「着差以上の力の差がある。こっちが1kgほしい…」

とうめいた。この日の斤量は同じ58kgであり、メジロブライトにとってはあらゆるGlの中でも最も有利と思われた天皇賞・春での敗戦が彼らに与えた衝撃は大きかった。河内騎手のうめきは、新世代の雄であるスペシャルウィークに対する事実上の敗北宣言だった。

 前年の京都大賞典、セイウンスカイに始まったメジロブライトの敗北は、有馬記念のグラスワンダー、そしてこの年、阪神大賞典、天皇賞・春でのスペシャルウィークと続いた。メジロブライトは、1歳下の世代を代表する強豪の2着に敗れ続ける形になったのである。最初の天皇賞・春の後、再び頂点に立つことができぬまま、やがて超えることのできない永遠の着差へと収拾していったメジロブライトの戦績は、彼が少しずつ、しかし確実に「時代の中心」から遠ざかっていく様を象徴していた。メジロブライトの前に大きく立ちはだかったもの― それは、セイウンスカイ、グラスワンダー、スペシャルウィークといった単なるサラブレッドの1頭1頭ではなく、彼らに代表された変わりゆく時代の流れだったのかもしれない。

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