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メリーナイス列伝~戦友の死を乗り越えて~

『反攻の狼煙』

 まさか映画の話で奮起した訳でもあるまいが、メリーナイスは皐月賞の後、みるみる体調が上向き、走る気もみせるようになった。日本ダービー(Gl)当日には、馬体は完璧に仕上がり、絶好の気配となっていた。

 馬券上の人気で言うならば、単勝240円のマティリアル、640円のゴールドシチー、740円のダイゴアルファからはかなり引き離されていたものの、メリーナイス復活の気配は、追い切りの様子などからファンへもある程度伝わっていたようで、この日は皐月賞より人気を上げて、単勝1260円の4番人気となっていた。

 この日、メリーナイスに騎乗した根本騎手は、最初から上機嫌だったという。いざ本場馬入場となり、見送りに来た橋本調教師に対しては、馬上から

「今日は勝ちにいきますからね」

と宣言したほどだった。

『優駿』

 この年のダービーは、映画撮影のため、競馬場のあちこちにカメラが入っており、例年とはかなり違った雰囲気の中で行われた。そして、ダービーのゲートが開いた。メリーナイスは好スタートを切って、第1コーナーでは6番手ぐらいにつけることに成功した。

 根本騎手と橋本調教師は、ダービーの作戦について事前に話し合い、作戦を決めていた。第1コーナーまでに先頭から10番手以内の好位につけ、第3コーナー付近の他馬の仕掛けどころで逆に息を入れつつ、直線での末脚勝負に賭ける。

 「ダービー・ポジション」の神話が生きていたころから騎手を続けていた根本騎手は、あまり後方にいると届かないことが多い日本ダービーでは、ある程度前につけることが絶対に必要となる、と考えていた。そんな根本騎手にとって、この日の位置は思っていた以上に理想的なものだった。根本騎手は、この時既に自分たちの勝利を確信していたという。

 だが、根本騎手はまだ欲を表に出すことなく、作戦どおりに馬なりのペースを守り続けた。第3コーナー付近、他の馬たちがぼちぼち仕掛け始めても、自分だけは仕掛けを遅らせた。

 ・・・そして、待ちに待った第4コーナーがやってきた。もはや、誰にも遠慮することはない。根本騎手が気合いを入れると、メリーナイスは一気に上がっていった。

『四白流星、六馬身』

 直線残り400mあたりに入ると、メリーナイスの豪脚はついに爆発した。府中名物の坂を一気に駆け上がると、もはや追走してくる馬は何もいなくなった。マティリアルは、ゴールドシチーは、他のライバルたちは、何にも来ない。大歓声の中で、後続との差だけが見る見る広がっていく。

 赤い帽子と四白流星の独走劇は、6馬身差の大圧勝で決着した。ダービー史上、この日のメリーナイスより大きな着差をつけて勝ったダービー馬は、8馬身差のセントライトとオートキツ、そして7馬身差のメイズイがいるだけである。レースの後、根本騎手が

「後ろの馬の足音が聞こえませんでした」

と答えたのも、おそらく本音だったに違いない。

 なお、この日2着に来たのは、抽選を突破して出走にこぎつけた人気薄のサニースワローだった。単勝どころか複勝が4680円だったオッズが物語るとおり、レース前は「その他大勢」にすぎなかったサニースワローだが、日本ダービー初騎乗となる大西直宏騎手の好騎乗が、大殊勲につながる形となった。ちなみに、この馬の甥が10年後、同じ馬主・同じ厩舎・同じ騎手でダービーを制覇する1997年の二冠馬サニーブライアンである。

 ちなみに、人気サイドとなったゴールドシチーは4着、馬体が16kg減のマティリアルは、まったく見せ場ないまま18着に敗退した。この日のレースは、どこをどう取ったとしても、メリーナイスの完勝という以外には評価の使用がないものだった。

 ダービージョッキーとなった根本騎手は、愛児を一緒に馬上に乗せたまま、前代未聞の記念撮影を行った。家族をあらかじめ呼んだ段階で、彼はこのことをたくらんでいたのだろう。ちなみに、騎手時代にはカイソウ、クリノハナでダービーを勝っている橋本調教師だったが、調教師としてのダービー制覇は初めてのこととなった。この誇らしくも温かい人々に囲まれて、メリーナイスも神妙に写真に収まった。・・・それが、メリーナイスが生涯の中で最も輝いた瞬間だった。

『優駿余話』

 メリーナイスは日本ダービーを制覇して世代の頂点に立ち、映画の主人公にもなった。ちなみに、映画「優駿」には、根本騎手らも特別出演することになった。

 もっとも、メリーナイスによるダービー制覇のシーンを映画のクライマックスで使うプランは、残念ながらご破算になってしまった。映画の撮影陣が、直前の編集会議で

「勝つのはマティリアルに違いない、マティリアルを集中的に追え!」

と決め打ちしてしまったため、当日設置されたすべての撮影用カメラは、最後の最後までマティリアルばかりを追いかけており、メリーナイスが勝った後になって、ようやく肝心のメリーナイスの映像を誰も撮影していなかったことに気づいた、というからお粗末な話である。

 4番人気といえば、決して「大波乱」というほどでもないはずだが、そうであるにもかかわらず、このような事態を招いたことは、制作者サイドがまったく競馬というものを理解していなかったことの証左といわなければならない。もしこのシーンが使用されていれば、この映画のクライマックスは圧巻のものとなったはずで、実に勿体ないことをした、と言わなければならない。

 しかし、いくら悔やんだところで、時計の針は戻らない。「今年のダービー勝ち馬がオラシオンになります!」と大々的な宣伝を打っていた以上、もはや引くに引けない状況となっていた。メリーナイスが勝ってしまったからには、彼を「オラシオン」にしないわけにはいかない。だが、この予想外の事態は、製作会社を大いに困らせた。

 まず、メリーナイスと同じ栗毛の四白流星という都合のいい子馬など、なかなか見つかるものではない。その点、鹿毛で流星もないマティリアルに似た子馬は、どういう訳か手配が済んでいたという。結局まったく同じ毛色の子馬は見付からなかったため、四白の栗毛の子馬を探してきて、額の流星は化粧で済ませることになった。

 さらに、「撮りなおし」となったダービーのレースシーンの撮影は、至難を極めた。現実のダービーのシーンが使えなくなった以上、クライマックスのレースシーンは撮り直すよりほかにない。だが、馬たちを何度走らせても、都合よく「オラシオン」が先頭でゴールしてくれない。わざと「オラシオン」を勝たせようとすると、映像がまったく迫力のないものになってしまう。

 結局、馬たちを何度も全力で走らせた上で、うまく「オラシオン」が勝つシーンを撮影できるまでの間、何度も撮り直さざるを得なかった。・・・ところが、この時撮影用にかり出されたサラブレッドたちは、現役の競走馬を引退した馬たちが中心だった。そのため、過酷な「レース」の繰り返しによって故障する馬たちが続出した。映画「優駿」は、このような多くの犠牲のもとに制作されたのである。

 公開された映画「優駿」は、そんなチグハグもあり、競馬ファンには概して不評だった。もっとも、この映画を観て競馬に興味を持ったというファンがいるならば、馬事文化的な意義をまったく否定するほどのこともないだろう。

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