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メリーナイス列伝~戦友の死を乗り越えて~

『二冠への道』

 閑話休題。ダービー馬メリーナイスは、ダービー後も充実の一途をたどっているかのようにみえた。メリーナイス陣営が秋の初戦に選んだセントライト記念(Gll)でも、横綱相撲で快勝し、菊花賞へ向けて死角はないことを世にアピールした。菊の前哨戦で、ダービー2着のサニースワロー、春の二冠で1番人気となったマティリアルを退けたメリーナイスは、これといった夏の上がり馬も現れない情勢の中、日本ダービー、菊花賞の二冠制覇に向けて大きな一歩を踏み出した。

 セントライト記念の結果で出走馬たちとの勝負づけは済んだ感があったし、セントライト組以外に目を向けても、京都新聞杯(Gll)組すら勝ち馬レオテンザン以下小粒な感は否めず、さらに当時はまだ正式なトライアルではなかったものの、実質的にはトライアルと同様の役割を果たしていた神戸新聞杯(Gll)組に至っては、二冠牝馬マックスビューティの前にあっさりとひねられていた。彼らの中に、ダービーでの6馬身差を逆転する馬が隠れているとは、とても思えなかった。

 菊花賞(Gl)当日のメリーナイスは、堂々の単枠指定を受けて、1番人気に推された。昔から「最も強い馬が勝つ」といわれる菊花賞に勝てば、もはや誰も彼のことを弱いと言う者はいなくなるに違いない。それまで過小評価され続けてきたメリーナイスは、秋をきっかけに誰もが認める一流馬への道をいよいよ歩み始める・・・はずだった。

『幻の三冠馬』

 だが、一流馬への脚がかりとなるはずだったこの日、メリーナイスは無残にも重圧に押し潰されてしまった。好位につけて直線での抜け出しを図るはずだったメリーナイスは、淀の下り坂で一気に進出して第4コーナーで先頭にたったものの、そこからまったく手ごたえをなくしてしまい、馬群に沈んだのである。・・・9着という結果は、輝ける栄光とともにあるべきダービー馬にとって、屈辱的な惨敗だった。

 しかも、この日の勝ち馬は、メリーナイスにとって最悪の馬だった。メリーナイスその他を下して菊花賞を制したのは、

「菊の季節に桜が満開!」

という実況で知られるとおり、皐月賞馬サクラスターオーだった。二冠馬は二冠馬でも、日本ダービーと菊花賞ではなく、皐月賞と菊花賞の二冠馬が誕生したのである。

 皐月賞の後、脚部不安で戦列を離脱し、この日が半年ぶりの実戦だったサクラスターオーだが、過去に例のない強行ローテーションで二冠を制したその実力は、歴代菊花賞馬の中でも上位に入るといわれている。しかし、この日のサクラスターオーは9番人気に過ぎなかった。大多数のファンは、変則的な臨戦過程に目を奪われ、「常識」を忘れることができないまま、この馬を切り捨てていたのである。過酷な京都3000mを舞台に行われる菊花賞で、いくら実力があるといっても半年ぶり、しかもそれまで2000mまでしか走ったことのない馬が、見事に勝つことは、予想もつかないことだった。

 そのあまりの意外性ゆえに、サクラスターオーはこの後「奇跡の二冠馬」と讃えられることになった。そして、その栄光の犠牲となったのは、またもメリーナイスだった。

 ゴールドシチーやサニースワローのようなダービー出走馬に負けるのなら、まだマシだった。負けた相手が、よりにもよってダービーを故障で棒に振ったサクラスターオーとなれば、言われることは、もう決まっていた。

「サクラスターオーがダービーに出てさえいれば・・・」

 なるほど、サクラスターオーがダービーに出て勝っていたとすれば、「三冠馬」ということになる。現に、皐月賞・菊花賞ともサクラスターオーはメリーナイスに圧勝しているではないか。サクラスターオーがダービーに出走していたとすれば、メリーナイスが勝てたはずはない。サクラスターオーこそ「幻の三冠馬」であり、メリーナイスはサクラスターオー不在のダービーを盗んだに過ぎないのだ・・・。

 かくして、いったんつかみかけた「最強」の座は、メリーナイスの手からするすると逃げていった。それどころか、間違いなく現実のものだったはずのダービーでの6馬身差の圧勝劇すらも、サクラスターオーの幻影に支配されることになってしまったのである。

『もがく者』

 悪夢のような菊花賞の大敗は、メリーナイスのダービー馬としての価値を大きく傷つける形となった。メリーナイスが菊花賞の悪夢を振り払うためには、サクラスターオーに直接対決で勝つしかなかった。

 橋本調教師は、メリーナイスの次走を有馬記念(Gl)に定めた。ダービーと距離が近い有馬記念ならば、ダービーで見せたあの豪脚の再現があるかもしれない。何よりも、有馬記念には、サクラスターオーの出走予定があった。

 この年の有馬記念は古馬の層が薄いことから、4歳馬が優勢とみられていた。1番人気はサクラスターオー、3番人気はメリーナイスと4歳世代のクラシック馬が有力視されており、古馬陣営の有力馬で調子と実績を兼ね備えた馬といえば、ダイナアクトレス(2番人気)くらいのものだった。

 メリーナイスにとって、このレースはサクラスターオーを破って名誉回復をするチャンスだった。馬同士の序列もはっきりしないうちに1度戦って敗れただけで、その後は再戦の機会すら与えられなかったサクラロータリーのときと違い、今度は直接対決でメリーナイスの名誉を挽回することができる。ここでサクラスターオーを撃破すれば、メリーナイスは今度こそ世代の最強馬として、皆に認めてもらえるはずだった。

『哀しい予感』

 しかし、誇りを賭けての大一番に臨んだはずのメリーナイスが見せたのは、強い馬としてではなく、イロモノとしての大失敗だった。スタートで少し立ち遅れたメリーナイスだが、よく見ると鞍上には誰もいない。・・・メリーナイスは、スタートと同時に根本騎手を振り落としてしまったのである。

 根本騎手は、菊花賞では道中折り合いを欠いたことを敗因と考え、同じ過ちは繰り返したくないという反省のもとに、今回は長手綱に構える工夫を試みた。しかし、この工夫が今回は裏目に出てしまい、メリーナイスが予想外にゲート内で立ち上がった時、彼は馬をうまく制御できなかった。メリーナイスの有馬記念は、スタートと同時に終わってしまった。

 ・・・そんな波乱とともに始まった有馬記念のスタートは、後から考えれば、さらなる悲劇への序章にすぎなかった。レース自体がこのまま終わっていれば、メリーナイスの落馬、競走中止は、単なる笑い話として語り継がれるだけにとどまっただろう。だが、歴史の神は、誰も望まなかった残酷な審判を下すことになる。もしかすると、メリーナイスは、そんな運命を察知し、押し寄せる運命に馬の身ながらに抵抗しようとしたのかもしれない。・・・これから起こる悲劇の予感を感じ取ったがゆえに。

 16頭立てで始まった有馬記念は、メリーナイスが消えたことによって15頭立てとなって続いた。騎手がいなくなったにもかかわらず、馬群の後ろをついて行くカラ馬のメリーナイスに、場内からは失笑が起こった。カラ馬は走ることを強制する騎手がいなくなることから、落馬して間もなく走ることをやめてしまうことが多い。だが、メリーナイスは馬群から少しずつ離されながらも、走ること自体はやめることなく、一番後ろから馬群をとことこと追いかけていった。・・・そして、彼はこのレースの悲劇の幕切れをその目で見つめることになる。

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