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マックスビューティ列伝~究極美伝説~

『桜花の季節』

 牝馬クラシックの一冠目である桜花賞(Gl)は、牝馬三冠の中では最も紛れが少ないレースと言われる。牝馬三冠の歴史の中で、オークス(Gl)と旧エリザベス女王杯(Gl)は、人気馬があっけなく崩れたり、とんでもない人気薄が突っ込んできてあまたの大波乱を生み出してきたうえ、勝ち馬がその後鳴かず飛ばずになることも珍しくなかった。その中で桜花賞は、人気と結果が一致する傾向が強く、さらにこのレースの勝ち馬は、桜花賞以降も優れた成績を残し、古馬になってから活躍する馬も少なくなかった。その意味で、桜花賞の結果は、世代のトップクラスの牝馬たちの紛れなき力関係を顕著に示すものと考えられていた。

 そんな桜花賞で、マックスビューティは1番人気に支持された。もっとも、「マックスビューティ対コーセイ」というムードを反映して断然の支持、とはいかず、オッズは310円にとどまった。2番人気のコーセイが360円だから、これはどちらが勝ったとしても不思議ではない。3番人気のドウカンジョーは少し離れて680円、他に5番人気までが3桁配当だったから、人気が上位2頭に極端に集まっていたわけでもない。

 しかし、伊藤師は、マックスビューティの戴冠に強い自信を持っていた。後に伊藤師は

「仕上がりは、98%くらい。マックスビューティが負けるなんて、かけらほども思っていなかった」

と述懐している。あえて「100%」と言わなかったのは、「仕上げすぎた牝馬は走らない」と言われるとおり、ひとつのレースに目標を絞ってあまりに馬のテンションを上げすぎると、特に牝馬の場合はいい結果につながらないことを、伊藤師は知っていたためである。また、彼はマックスビューティを究極の状態に持って行かなくても、普通の状態でありさえすれば桜花賞は十分勝てる、と信じてもいた。4歳になってからは世代の一線級と対戦していないマックスビューティだったが、伊藤師は彼女の器が同世代の牝馬たちとは比べものにならないほど大きなものであることを、既に見抜いていた。

『優雅なる女王』

 18頭だてのレースは、16番人気ナムラマイヒメの逃げによって始まった。好スタートを切ってハナを奪うかとも思わせたマックスビューティだったが、まずは自重して4、5番手に抑えた。最大のライバルと目されるコーセイは、中団からの競馬を決め込んでいる。

 この当時の桜花賞では、「魔の桜花賞ペース」という言葉が使われることが多い。実戦経験の薄い牝馬たちが揃うこと、先行有利となりやすい当時の阪神コースの構造などが原因としていわれるが、実際、この年の桜花賞のペースも速かった。最初の1ハロンこそ12秒6というゆったりした流れだったものの、その後ペースが速くなり、間断なく11秒台半ばのラップを刻むことになった。前半800mが46秒6、1000m通過が57秒3・・・これは、当時の桜花賞としては「平均的」なペースである。

 もっとも、「平均的」といっても、こんなペースを最後まで保つことができるはずがないこともまた真理である。単純に考えれば、前半とまったく同じペースで後半も走り続けた場合、勝ちタイムは「1分33秒2」となる。第47回を迎えた桜花賞の歴史の中で、当時のレースレコードは、1975年にテスコガビーが記録した1分34秒9であり、また1分35秒台ですら、それ以前には2度しか出ていなかった。桜花賞の勝敗を決するのは、「魔の桜花賞ペース」そのものではなく、その後にやってくる激しい生き残り競争なのかもしれない。

 そんな中でも、マックスビューティと田原騎手に揺らぎはなかった。彼らの走りには「魔の」という形容も、「生き残り競争」という悲壮さも似合わない、強いていうなら「マックスビューティらしい」としか例えようのない走りをもって、戴冠の時が来るのを待っていた。

『独演会の開演』

 先行したナムラマイヒメ、カルストンペガサスらは、第4コーナーを回る時にはもう一杯になっていた。マックスビューティは、力尽きた前の馬たちをとらえるべく、抜群の手応えとともに上がっていった。

 もっとも、このあたりで動き始めたのは、マックスビューティだけではない。後ろの有力馬たちも、そろそろ動かなければ前をつかまえられなくなる。コーセイが、ナカミジュリアンが、ハセベルテックスが、桜の女王の地位を手にすべく、それぞれの思惑とともに上がってくる。

 ・・・しかし、スタンドを埋め尽くしたファンの視線の先にいたのは、マックスビューティただ1頭だった。直線に入って田原騎手が鞭を1発飛ばすと、それだけで十分だった。その鞭がマックスビューティ劇場が開演する合図となった。

 マックスビューティは、田原騎手のゴーサインに反応し、たちまち馬群を置き去りにしていった。マックスビューティは、本質的には先行して好位から伸びるタイプであり、爆発的な瞬発力といえば、むしろ最大のライバルとされたコーセイの方が上という印象があった。本来ならば、ここからの焦点は、コーセイがマックスビューティとの差をどれだけ、どのように縮められるか、のはずだった。ところが、様子がおかしい。直線に入って勢いを増しているのは、むしろ前にいるマックスビューティの方である。後ろとの差は、逆に開いてゆく・・・。

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