TOP >  年代別一覧 > 1980年代 > マックスビューティ列伝~究極美伝説~

マックスビューティ列伝~究極美伝説~

『負けるはずのない戦い』

 ローズSを勝ったことで、マックスビューティの連勝は、紅梅賞から数えて「8」まで伸びた。重賞だけを数えても、5連勝である。春に桜花賞、オークスを圧倒的な強さで制しただけでなく、秋に入ってからも神戸新聞杯では菊花賞の有力馬たち、そしてローズSではエリザベス女王杯奪取を狙うライバルたちのほとんどをことごとく粉砕してきた。

「トライアルはトライアルとして走らせる」

 伊藤師のそんなコメントとは裏腹に、トライアルも本番も勝ち続けるところに、マックスビューティの凄さがあった。同世代のライバル、距離の壁、牡馬との対決・・・彼女はそれらのすべてを乗り越えて勝ち進んできた。そんな彼女の牝馬三冠ロードも、もはや残すはただひとつである。

 マックスビューティが勝ってきたのはローズSだったが、それ以外のステップレースをみると、クイーンS(Glll)はストロングレディー、サファイヤS(Glll)はマルブツロンリーが勝った。しかし、距離適性に不安があるマルブツロンリーは、エリザベス女王杯ではなくスワンS(Gll)へと進むことになった。残るストロングレディーも、条件戦を2勝して臨んだオークスでは7着に沈み、クイーンSで重賞初制覇を果たしたとはいえ、勝った内容に派手なパフォーマンスがあったわけでも、時計が格別優秀だったわけでもなかった。そんな彼女がオークス以降に飛躍的に成長したという雰囲気は感じられず、「夏の上がり馬」特有の不気味さもなかった。

 相手関係を見ても、出走馬たちの中に、マックスビューティを脅かすライバルはいない。コースが東京から京都に変わるとはいえ、同じ2400mの距離でオークスの2馬身半を逆転できる馬が出現する可能性がどれほどあるのか・・・。これでは、「マックスビューティ、絶対有利」という下馬評とならないはずがなかった。

『大一番』

 エリザベス女王杯・・・牝馬三冠の最後のレースを迎えたマックスビューティを待っていたのは、京都競馬場に集まった群衆の凄まじい期待を込めた歓声だった。彼らは皆、マックスビューティの牝馬三冠達成、そして自らが歴史の証人となる未来を信じきっていた。

 彼らがマックスビューティに寄せた支持・・・単勝支持率は62%、オッズは実に120円を記録した。前年のメジロラモーヌが記録した130円をさらに上回る、空前の圧倒的1番人気だった。ダイナガリバーの全妹という血統的背景を持ち、前走のクイーンSでは2着だったダイナシルエットが2番人気で880円、クイーンSの勝ち馬ストロングレディーが3番人気で1200円というオッズが、この年のエリザベス女王杯というレースの性格を顕著に物語っていた。エリザベス女王杯に臨む伊藤師、田原騎手の様子も自信と確信にあふれ、ファンはその姿にもますますマックスビューティへの信頼を深めていった。

 1987年11月15日、第12回エリザベス女王杯。その日はファンにとっては忘れえぬ1日、マックスビューティ陣営にとっては生涯最大の喜びのひとときとなり、そして日本競馬界にとって偉大な歴史の1ページとなるはずだった。彼らの誰も、彼らを待ちうける未来の姿をまだ知らない。

『忍び寄る刺客』

 レースが始まって、間もなく先手をとっていったのは、人気薄のトップコートという馬だった。レース前半のペースは、スタート後200m地点から400m地点までの200mが11秒5、400m地点から600m地点までの200mが12秒3だったものの、後は12秒台後半、ないしは13秒台というゆったりしたものとなった。

 20頭の出走馬の中でただ1頭の緑の帽子・・・単枠指定のマックスビューティは、オークスと同じように、中団につけていた。オークスを勝ったとはいえ、本質的にはマイラーのマックスビューティにとって、2400mのレースでは一度実績を残した作戦を再現するのが無難な乗り方となる・・・はずだった。

 しかし、前半のスローペースに、マックスビューティは明らかに苛立っていた。田原騎手の制止に対し、行きたそうなそぶりを見せ、折り合いがしっかりつかない。

 マックスビューティを送り出した酒井氏は、秋にマックスビューティが消化した2戦を見て、

「かかり癖がついてきたような気がする・・・」

と心配していた。また、馬主の田所氏も、勝ったとはいえ

「秋は、なんかカリカリしとって、精神的に落ち着きがありませんでした」

と振り返っている。

 ただ、競馬の勝敗は、常に相対的なところで決まる。マックスビューティに少々不安があっても、マックスビューティ以上の走りをする馬がいなければ、勝つのはマックスビューティということになる。まして、ここでいう「不安」とは、あくまでも生産者、馬主が感じた可能性にすぎない。馬に一番身近な調教師と騎手は、自信を持ってマックスビューティを推奨していた。先に挙げた2人も、「だから負ける」などと思っていたわけではない。しかし、後から思えば、不安材料はまったくないわけではなかった。

 そして、レースに視線を移すと、田原騎手とマックスビューティのすぐ前には、彼女を徹底的にマークする1頭と1人が、虎視眈々と下剋上の好機を狙っていた。マックスビューティー一本かぶりの中で

「着はいらない、のるかそるかの競馬をする!」

と腹を決めていたベテラン騎手と、通算成績8戦3勝、重賞未勝利の4番人気馬である。だが、牝馬三冠を目指す者たちがあまりに多くの注目を背負ってしまった結果、他の馬たちへの注目度は薄くなっていた。華やかさを欠く刺客たちは、人々の盲点に入り込み、馬群に潜んで究極美を撃つべき時を待っており、狙われる者たちは、すぐそばに刺客が忍び寄っていることに、まだ気づいていなかった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
TOPへ