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阪神3歳牝馬S勝ち馬列伝~仁川早春物語(下)~

『混戦の陰で』

 1997年11月30日、第49回阪神3歳牝馬S(Gl)の馬柱に、アインブライドの馬名もあった。余談だが、このレースが11月に開催されたのは、91年に牝馬限定戦になって以降では現在(2022年1月)までこの時だけであり、牡牝混合戦の阪神3歳Sとしてレースが創設された49年まで遡ってみても、50年(優勝馬ミネハル)に1回あっただけである。

 この年の阪神3歳牝馬Sは、ファンタジーSを勝ったことで、ロンドンブリッジが中心とみられていた。…だが、そのロンドンブリッジは、脚部不安を発症して阪神3歳牝馬Sへの出走を回避することになった。大本命の突然の回避によって残されたのは、混沌である。

 単勝270円で1番人気に推された外国産馬シンコウノビーの戦績は3戦1勝にすぎず、重賞実績は前走ファンタジーS2着だけである。2番人気サラトガビューティも4戦2勝で、重賞実績は函館3歳S(Glll)とデイリー杯3歳S(Gll)の2着、3番人気ダイワリプルスも3戦2勝、重賞実績はファンタジーS3着のみ・・・となると、いかにも「危険な人気馬」の匂いがする。

 人気上位の3頭に限らず、この年の出走馬たちの最大勝利数は2勝で、重賞勝ち馬はゼロだった。歴史上、稀に見る本命不在の混戦である。だが、ファンタジーSでロンドンブリッジに屈した上位馬たちが押し出された形で人気になる中、そのレースで7着に敗れたアインブライドが注目を集めることは、ついぞなかった。

『栄光に向かって』

 やがて発走となったレースは、エイシンシンシアナが先手を取り、メイショウアヤメがそれに続く展開となった。古川騎手は、好スタートを切ったアインブライドの手綱を抑え、武器の切れ味を温存するために、序盤はあえて中団に控えた。

 すると、有力馬たちが比較的前の方に集まっていたこともあり、レースは緩みのない展開となっていった。末脚勝負に賭けるアインブライドとしては、願ってもない展開である。気になるところといえば、1枠2番からの発走で、先行勢から中団までの馬群の密度も高く、内ラチ沿いから外へ持ち出すタイミングが見出せないことだった。このまま内を衝いた場合、果たして直線で前が空くのかどうか…?

 そうすると、第4コーナーの直線入り口で、一杯になったエイシンシンシアナがずるずると後退してきたあおりを受けて、アインブライドの進路が狭くなった。これでは、勝負どころのここで、前に抜け出すどころか、巻き添えになって馬群に閉じ込められたまま後退…という最悪の事態も、十分あり得る。

 だが、古川騎手とアインブライドは、直線に入ってから後に、落ちてくるエイシンシンシアナの隣の狭いスペースに、馬体をねじ込むように潜り込むと、その勢いのままに進撃を開始した。決断が数秒遅れていたら、このレースの勝ち馬は、別の馬に変わっていたに違いない。運命は、ここに切り拓かれた。

 残り200mの標識のあたりで、アインブライドは一気に前に出た。外でつばぜり合いを展開する何頭かの馬を置き去りにして、そのまま突き抜ける。他の馬たちは・・・ついてくるのがやっとである。

『歓喜の光景』

 アインブライドは、外から追い上げてきた1戦1勝の外国産馬キュンティアに1馬身4分の1の着差を付けたまま、先頭でゴールした。2着から8着までの馬たちの着差はアタマ、半馬身、クビ、クビ、半馬身、アタマ…という大混戦の中で、1着だけは疑問の余地すらない完勝だった。

 単勝7番人気の1390円だったアインブライドが、同じく6番人気のキュンティアを連れてきたことで、馬連は6000円とそこそこの波乱になった。その波乱を演出し、初めてのGlを制したのが、デビュー2年目で20歳になってから間もない古川騎手だったということで、ファンもみな驚いた。Gl制覇の喜びをマスコミから問われた彼は、

「バカ騒ぎをしたい」

と若さを爆発させ、さらに

「(同じコースの)桜花賞も楽しみになりましたね」

と聞かれて

「左回りがいい馬なので、オークスが楽しみです!」

と、不敵なのか、天然なのか判断に苦しむコメントで答えている。

 それにしても、福永騎手を筆頭に将来性、人気を嘱望された「花の12期生」の中で、おそらく最も地味な存在に過ぎなかった古川騎手が、同期の中で最も早いGl制覇をなし遂げたのだから、競馬というものは分からない。しかし、古川騎手は、この年の関西からは10人が選ばれたフェアプレイ賞も受賞しており、単なるフロックでないことは明らかであろう。

 開業から初勝利まで4ヶ月以上かかった宮師も、その4ヶ月あまり後に、開業初年度でのGl制覇という快挙を成し遂げた。ちなみに、84年のグレード制の導入以降、開業1年目でいきなりGl制覇を成し遂げたのは、86年の阪神3歳Sをゴールドシチーで制した清水出美師、93年のジャパンC(Gl)をレガシーワールドで制した森秀行師に続く3人目であった。

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