阪神3歳牝馬S勝ち馬列伝~仁川早春物語(下)~
『暴走の行方』
第50回阪神3歳牝馬Sのゲートが開くと、スタートとともに23歳でGl初騎乗の野元昭嘉騎手が騎乗するエイシンルーデンスが飛び出し、やはり21歳と若い高橋亮騎手が手綱を取るコウエイロマンがそれに続いた。
エイシンルーデンスとコウエイロマンは、それまでいずれも逃げて実績を残してきた。もっとも、コウエイロマン陣営からは
「桜花賞を見据えて、好位からの競馬をさせたい」
という自制宣言も出ていたため、この展開になれば、焦点は必然的に
「高橋騎手が、コウエイロマンを抑えられるのか」
となってくる。
しかし、コウエイロマンには、高橋騎手、そして人間たちの思惑を理解することができなかった。高橋騎手の制御を超えて、自らの野性の赴くままに走りたがった。そうなると、コウエイロマンから競りかけられた形のエイシンルーデンスも、売られた喧嘩は買うとばかりにペースを上げた。野元騎手も、そんな彼女を制御することができない。…悲しいかな、若い2人の騎手には、自らの破たんへと向かう台本を、アドリブで書き換えるだけの冷静さと余裕がなかった。
この日の通過タイムは、稍重の馬場にも関わらず、600mが34秒3、1000mが58秒6というハイペースとなった。特に、200~400m地点が10秒9、400~600m地点が11秒1というのは、この時期の3歳牝馬にとっては暴走以外の何物でもない。前の2頭が自滅必至なのはもちろんのこと、そこから大きく離されているように見える先行勢のペースも、見かけほど遅くはない。この展開は、折り合いを課題として最後方からのスタートとなった横山騎手とスティンガーにとっては、願ってもないものだった。
『栄光』
中団から競馬を進めたスティンガーは、前が壁にならないように第3コーナーから次第に外へと持ち出しながら、進出を開始した。抜群の手応えとともに上がっていくスティンガーに、死角はない。
やがて直線に入ると、スティンガーの脚色は、他の出走馬たちを圧倒していた。大外を回った不利など全く感じさせない力強い末脚で、他の馬たちを引き離していく。
横山騎手とスティンガーは、道中ほぼ同じような位置取りを回って最後も追いすがってきたエイシンレマーズに2馬身差をつけて、ゴールした。直線入口でゴッドインチーフが不利を受けたとして審議のランプは灯ったものの、騎乗していた河内洋騎手が
「不利がなかったとしても、結果は変わらなかった」
と認める程度のもので、着順はそのまま確定した。
こうしてスティンガーは、デビューからわずか29日でGl制覇を成し遂げた。これは、グレード制導入以降ではJRA史上最短のGl制覇記録である。連闘でGlを制したのは、1989年のバンブーメモリー以来2頭目となる。バンブーメモリーは当時5歳の完成された古馬だったが、3歳牝馬のスティンガーが同じことを成し遂げる困難さは、なおさらであろう。
こうしてGl馬の仲間入りを果たしたスティンガーは、間もなく翌年のクラシックへ向けての休養に入った。3戦3勝の阪神3歳牝馬Sが1998年JRA賞最優秀3歳牝馬に選ばれるのは当然の成り行きとして、彼女への期待は、当然それだけにとどまらない。
春のクラシックはもちろんとして、その先が牝馬三冠の夢をさらに通り越し、
「秋には海外遠征も考えたい」
と藤澤師がコメントをしたのも、この時点では全く大げさには聞こえないほど、スティンガーに対する期待は大きなものだった。