TOP >  年代別一覧 > 1980年代 > サクラスターオー列伝~消えた流れ星~

サクラスターオー列伝~消えた流れ星~

『すべての旗に叛いて』

 菊花賞のトライアル戦線は、まずダービー馬メリーナイスがセントライト記念(Gll)を強い競馬で制し、菊花賞に向けて順調さをアピールした。神戸新聞杯(Gll)では、春の二冠牝馬マックスビューティが圧勝したものの、京都新聞杯(Gll)では、新興勢力のレオテンザンがダービー2着馬サニースワロー、皐月賞2着馬ゴールドシチーを下し、最後のクラシックへ名乗りをあげていた。

 しかし、ライバルたちが菊花賞へ向けてそれぞれの動きを見せる中で、サクラスターオーだけは沈黙を保った。いや、保たざるを得なかった。

 平井師は、故障から帰ってきた後も、サクラスターオーの一日6000mにわたる乗り運動を変えなかった。ハードトレーニングを経て次第に仕上がっていくかに見えたサクラスターオーだったが、脚の状態だけはどうにもならない。運動を終えると腫れが再発し、しばらく様子を見ていると、なんとか引いていく・・・その繰り返しだった。これで、菊花賞は大丈夫なのか?

 菊花賞は、淀の坂越えを含む3000mという過酷な条件で行われる。2400mのダービーですら「過酷」といわれるのに、それより600mも長い。大多数の馬たちにとって、それは未知の距離である。

 菊花賞というレースの性格は、古くから「最も強い馬が勝つ」といわれてきた。スピードやスタミナ、パワーといった身体的能力はもちろんのこと、気性や勝負根性といった精神的能力、その他のあらゆる能力が極限的な舞台で問われるがゆえに、菊花賞はクラシック三冠の最終関門として高い価値を持ち続けてきた。

 そんな過酷なレースに、2000mまでのレースにしか出たことがないばかりか、故障明けで7ヶ月間も実戦に出てさえいないサクラスターオーが挑んでどうなるというのか。秋を順調に過ごし、計算されたレース間隔をとって順調に仕上げてきたライバルたちと、まともに戦えるのか。勝敗を度外視してもいいという並みの二流馬ならともかく、皐月賞馬サクラスターオーに、そんな選択は許されない。のこのこと出ていったとしても、それまでの栄光に傷をつけるだけではないのか。さらに、最悪のところ、不安のある脚が壊れてしまうのではないか・・・?

 サクラスターオーの菊花賞出走には、オーナーですら乗り気ではなかった。

「菊花賞にこだわらなくても、将来のある馬だから、来年の天皇賞・春を目指せばいいじゃないか」

 ・・・だが、そんな「常識的な」意見を承服しなかったのは、平井師だった。

「一生に一度のクラシックです。どうか、俺のわがままを聞いてやってください」

 彼は、むしろオーナーに懇願し、サクラスターオーの菊花賞への出走を求めた。後日、平井師は、この時の思いについて

「障害専門の騎手だった僕には、クラシックにある種の憧れがありました。自分には縁のない晴れの舞台だし、マスコミもファンも注目してくれるし、障害にはない華がありました」

と語っている。彼は、日のあたるクラシックで戦いたいという思いが彼自身の「わがまま」だったことを知っていた。だが、オーナーもまた、平井師の思いを知るだけに、彼の願いにすげなく首を振ることはできなかった。

『霧の中の決断』

 結局、サクラスターオーの出否は未定のまま、菊花賞の1週前追い切りを迎えた。オーナーの指令は、

「菊花賞への出否は、この日の内容で決める。少しでも不安があれば、菊花賞は回避する・・・」

というものだった。この日にすべてが決まる。平井師の緊張は並々ならぬものだった。

 菊花賞の1週前追い切りの当日、美浦トレセンは濃霧に包まれた。平井師がいくら双眼鏡を覗いてみても、十数メートル先は何も見えない。そんな悪天候のもと、サクラスターオーは東騎手を背中に乗せて走った。

 平井師は、サクラスターオーの状態を自分の目で確認することができなかった平井師は、サクラスターオーと一緒に帰ってきた東騎手に意見を求めた。

「どうだった?」

 すると、東騎手は力強く答えた。

「これなら大丈夫です。スターオーと一緒に西へ行かせてください!」

 この日、平井師はオーナーと話し合った。もしかすると、壊れることになるかもしれない。だが、菊花賞へ行きたい。そして、オーナーも決断した。

「とにかく西へ持っていこう、1%でも可能性があるなら、それに賭けてみよう・・・」

 その一言で、サクラスターオーの西上が決まった。

『西へ』

 サクラスターオーは、西へと旅立った。ただ、この時サクラスターオーの脚には、まだ腫れが残っていた。平井師は、万一の時のためにいつでも美浦に帰れるように馬運車をもう1台確保した上で、サクラスターオーを美浦トレセンへと出発させた。

 サクラスターオーの西上に伴って、東騎手も栗東へと発つ。彼は、見送りに来た妻に

「俺の馬が一番強いよ、サクラスターオーに菊を賭けたんだよ!俺はスターオーの脚を信じている。信じているから、負けない・・・」

と言い残し、ホームへと消えていった。

 栗東入りしてからのサクラスターオーには、東騎手がつきっきりで面倒を見た。関西へ連れてきたものの、状態が悪ければ、レースには使わずに引き返すしかない。

 栗東に着いてからのサクラスターオーの脚の状態は、なんともはっきりしないものだった。目に見えて悪くなるわけでもないが、良くなるわけでもない。使って使えないことはない、だが何が起こってもおかしくない・・・。

 いっこうにはっきりしないサクラスターオー陣営の動向に、マスコミの間では菊花賞回避の観測も流れた。仕方のないことである。平井師や東騎手が最終追い切りの時ですらまだ迷っていたというのだから、第三者であるマスコミが迷わないはずがない。

 情勢が大きく変わったのは、最終追い切りが終わった後のことだった。最終追い切りでも時計は良くなかったが、その日を境に、サクラスターオーの脚に残っていた腫れが、日に日に引いていくのが分かった。

 最後の判断を託された獣医は、こう言った。

「これなら出してもいいでしょう。ただ、もしもの時に備えて、帰りの馬運車も用意しておいた方がいい・・・」

 平井師は、オーナーにも電話をかけた。菊花賞に使いたい、と最後の許可を求めた平井師に対し、オーナーは自分も京都に応援に行く、と伝えた。

「勝つ自信はありません」

 すると、平井師は怒られたという。

「馬鹿!馬じゃなくて、お前を応援に行くんだ!お前がスターオーを菊花賞に出すためにどれほど苦労したかを、俺は知ってる。お前のことを応援したいから、俺は行くんだよ」

 そして、菊花賞の日がやってきた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
TOPへ