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ダイイチルビー列伝~女は華、男は嵐~

『お嬢さまの挫折』

 秋に復帰したダイイチルビーは、かつて母が制したエリザベス女王杯を目指し、そのトライアルレースであるローズS(Gll)に出走することになった。桜花賞で快勝、オークスで惨敗・・・と良くも悪くも強烈なインパクトを残した母ハギノトップレディに比べ、この時点でのダイイチルビーの成績は、桜花賞が除外、オークスが5着といまひとつ印象度に欠ける。そんな印象を一掃するためには、かつて母が勝ったエリザベス女王杯で母子二代制覇を果たすことだった。ローズSの位置づけは、そんな未来像への試金石だった。

 だが、ダイイチルビーは負けた。それも、見所も特にないままの5着に。

「それで華麗なる一族の末裔なのか」

 それまで常に話題先行型で実績以上の人気を集めてきた彼女だったが、ようやくというべきか、そんな懐疑的な声があがり始めていた。

 しかも、ダイイチルビーはローズSの後、フレグモーネを発症してしまった。その結果彼女は、エリザベス女王杯をも回避することを余儀なくされたのである。かつて桜花賞とエリザベス女王杯の牝馬二冠を制した母から生まれた「華麗なる一族」の正当な後継者は、母との二代制覇がかかる2つのレースにつき、桜花賞が抽選除外、エリザベス女王杯がフレグモーネ・・・それぞれの理由があったとはいえ、舞台に上がることさえできないまま退場させられてしまった。挫折を知らない彼女にとって、それは屈辱以外の何者でもなかった。

『河内洋』

 ローズSの後、しばらくフレグモーネからの回復に努めなければならなかったダイイチルビーの復帰は、年明けまでずれ込んだ。彼女の復帰戦は、京都のマイル戦・洛陽S(OP)とされた。伊藤師は、ローズSでの競馬の内容から、ダイイチルビーの距離適性にほぼ見切りをつけていた。これからは、マイル戦を中心に歩ませる。そんな決意があった。

 ところで、洛陽Sでの彼女の鞍上に、それまでの主戦騎手だった武騎手の姿はなかった。期待ほどに振るわない彼女の成績に、他の馬からの騎乗依頼も殺到する立場だった武騎手は離れていったのである。そんな彼女のために迎えられた新しい主戦騎手は、関西を代表するベテランの河内洋騎手だった。

 河内騎手のデビューは、1974年に遡る。初騎乗で初勝利を飾り、1年目で26勝を挙げて新人賞に輝いた河内騎手は、翌75年には小倉大賞典を勝って重賞初制覇を果たし、79年にはアグネスレディーとのコンビでオークス、ハシハーミットとのコンビで菊花賞を制覇するなど、きわめて順調に一流騎手への階段を上がっていった。85年には初のリーディングジョッキーに輝き、そのころからいよいよ騎手としての円熟期を迎えつつあった。

 河内騎手の騎乗の特徴としては、「当たりの柔らかさ」と表現される、馬を手の内に入れた上で実力の100%を引き出す騎乗がよく挙げられる。彼は、その騎乗スタイルゆえに繊細な牝馬と相性がいいとされ、「牝馬の河内」との異名も取っている。「牝馬の河内」は、86年の牝馬三冠戦線ではメジロラモーヌの主戦騎手となり、史上唯一の牝馬三冠を達成するばかりか、そのトライアルも含めて全勝したことで、「牝馬六冠」ともいわれる実績を残し、いっそう「牝馬の河内」の名を高からしめている。

 そんな河内騎手を迎えたのも、伸び悩むダイイチルビーの能力を何とかして引き出したい、という伊藤師の思いゆえだった。・・・そして、伊藤師の思いは思いがけない形で実現することになる。

『運命』

 この日がダイイチルビーへのテン乗りとなった河内騎手は、乗り替わりの影響か、スタートでいきなり出遅れてしまった。後方からの競馬は、オークス以来2度目である。

 それまでのダイイチルビーは、ハギノトップレディに代表されるとおり、常に卓越した先行力を武器としてきた「華麗なる一族」の伝統に従い、好位からの競馬をすることが多かった。そんな彼女が、それもオークスのような長丁場ならともかく、マイル戦で後方からの競馬となったことには、ファンは失望せずにはいられなかった。

 だが、後方で末脚をためる競馬になったことが、結果的にはダイイチルビーの飛躍のきっかけを作ることになった。直線でダイイチルビーが見せた鋭い末脚は、誰もが予想しないほどの出色のものだったのである。勝ったプリティハットにこそ半馬身及ばなかったものの、直線だけで9頭を抜き去った破壊力は、これまでのダイイチルビーの競馬・・・否、「華麗なる一族」の競馬にもないものだった。

 それまで先行力を生かす競馬にこだわってきたダイイチルビー陣営の人々だったが、この日の競馬は彼らの認識を改めるものだった。ダイイチルビーは、父、母とはまったく違った持ち味を備えた馬だったのかもしれない。馬自身が本格化しつつあることも確かだが、さらにようやく見つけたこの馬の持ち味を生かす競馬・・・後ろからの競馬ができれば、果たしてどういうことになるのだろう。

 もともとは、テン乗りの河内騎手の出遅れが出発点のはずだった。だが、その出遅れからダイイチルビーの思わぬ資質が明らかになり、そして彼女自身の新たな道が開けていく。・・・河内騎手との出会いは、ダイイチルビーにとっての「運命」だったのかもしれない。

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