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ダイイチルビー列伝~女は華、男は嵐~

『年下の男』

 高松宮杯で敗れ、高松宮杯母子3代制覇の快挙達成を逸したダイイチルビーは、その後休養に入り、スワンS(Gll)から始動することになった。秋の最大目標をマイルCS(Gl)におき、マイルGl春秋制覇を目指していたダイイチルビーにとって、その重要なステップレースであるスワンSから動くことは、必然だった。このレースにも、最大のライバル・ダイタクヘリオスの姿もあった。

 だが、このレースでダイイチルビーに力を見せつけたのは、ダイタクヘリオスではなくまったく別の馬だった。ケイエスミラクル・・・まだ4歳の外国産馬が、彼女の新たなるライバルとして大きく立ちはだかってきたのである。

 1番人気に支持されたダイイチルビーは、馬群の中で競馬を進め、直線ではダイタクヘリオスをはじめとする他の馬をとらえて抜け出すばかりかと思われたが、そんな彼女以上の末脚で一気に伸びてきたのが、ケイエスミラクルだった。ダイイチルビーをクビ差抑えたケイエスミラクルの勝ちタイム1分20秒6は、スワンSのレコードタイムだった。

 これで通算成績を8戦5勝としたケイエスミラクルだが、彼が記録したレコードタイムは、この日が3度目だった。圧倒的なスピードを誇る新たなライバル・・・年下の男の出現により、ダイイチルビーの周辺は、再び騒がしくなり始めた。その一方で、この日は見せ場も何もなく9着に沈む凡走に終わったダイタクヘリオスは、また評価を落としてしまった。

『彼氏と彼女の事情』

 そんなスワンSから仕切り直したマイルCS(Gl)当日、ダイイチルビーは単勝180円の1番人気に支持された。スワンSではケイエスミラクルの末脚に屈したダイイチルビーだったが、1戦叩いての上昇が見込まれてケイエスミラクルを寄せつけない人気を集めていた。前走の後に河内騎手が語った

「本番では巻き返すよ」

というコメントに、ファンも乗ったのである。

 だが、そんな人気を集めたダイイチルビーは、発走直前にゲートで暴れた影響もあってスタートのタイミングが合わず、出遅れてしまった。さらに、レースの流れをつかみ損ねたダイイチルビーは、河内騎手の焦りをよそに、前半はほとんどハミがかからない状態のままだった。

 しかも、もともと瞬発力を生かす競馬を得意とするダイイチルビーだったが、この日はいつもハイペースでの逃げでレースを作ってくれるはずのダイタクヘリオスが2、3番手に控え、カシワズパレスがレースを作る形となったことから、スローペースで落ち着いてしまった。後方待機型の馬にとって、出遅れに加えてレースがスローペースになることは、無視できない不利となる。

 しかも、出遅れを取り戻して馬群に取りついたダイイチルビーのすぐそばには、ケイエスミラクルがいた。前走でダイイチルビーを破ったケイエスミラクルは、この日も彼女に勝つことがレースを勝つことにつながるとばかりに、びっしりと彼女をマークしていた。うかつに動けば、餌食にされる。1番人気の宿命とはいえ、彼女はこの時、何重もの不利を抱え込んで非常に厳しい立場に追い込まれていた。

 ダイイチルビーがスムーズなレース運びをできずに苦しむ中で、もう1頭のライバル・ダイタクヘリオスは、かかり気味に先頭を追走していた。思いどおりの競馬にならない点では同じに思われたダイイチルビーとダイタクヘリオスだったが、彼らの間には大きな違いがあった。

『嵐のような逃げの前に』

 思いどおりの競馬ができない、ということでは共通するように見えたダイイチルビーとダイタクヘリオスだったが、人間の作戦に基づく脚質転換で結果を出し始めたダイイチルビーと異なり、ダイタクヘリオスは逆に人間を振り回すほどの自由な競馬で結果を残してきた馬だった。ダイタクヘリオスの鞍上の岸騎手も、そのことは十分に分かっている。岸騎手は、ダイタクヘリオスの行く気を抑えきれないと見るや、ただちにダイタクヘリオスを行かせることにした。彼にしてみれば、行く気満々のダイタクヘリオスを前半だけでも3番手で抑えることができた時点で、作戦は成功だったとも言えた。

 ダイイチルビーは、後方待機から京都の下り坂で進出を開始した。出遅れとスローペースを考えると、仕掛けが遅くなれば脚を余してしまう可能性が高いことから、河内騎手がこのあたりから動くのはやむを得ないことだった。1番人気が動いたことで、周囲の馬も動き始める。ダイイチルビーのマークを決め込んでいたケイエスミラクルも、ここで仕掛ける。・・・だが、後ろが動き始めたその時、前にいるダイタクヘリオスは既に動いていた。後ろが動くのとほぼ同時に、前がスパートをかける。これは、競馬の定石からすれば、かなり意外なものだった。先行策でスタミナをより消費した側が、後方でスタミナを温存した側と同じタイミングで動いて、ゴールまで脚が持つなら、苦労はない。

 だが、ダイイチルビーの脚色を確かめていた河内騎手は、第4コーナーでダイタクヘリオスの様子を確認し、あっけにとられてしまった。早めに動いたダイタクヘリオスが、もう5馬身以上は前にいる。ダイタクヘリオスは、岸騎手によって前半は力を温存し、さらに彼の走る気を殺すことない絶妙のタイミングで行かせてもらい、実に気持ちよく走っていたのである。

「してやられた!・・・」

 ライバルの前に、彼は絶望的な思いを抱かざるを得なかった。

『敗北、再び・・・』

 ダイイチルビーは、そこからいつもどおりの末脚を見せてきた。ケイエスミラクルも彼女を見て動いただけのことはあって、執拗に追いすがってきたし、他の馬たちもやすやすと抜け出させてはくれなかった。それでもダイイチルビーは、そうした馬たちの粘りを断ち切り、馬群の中での激しい先頭争いを制して前に出た。

 ・・・だが、彼女が制したのはあくまでも「馬群の中での」先頭争いに過ぎなかった。彼女をはじめとする馬群の前には、第4コーナーで既に後続を突き放したダイタクヘリオスとの縮まらない着差と苛立ち、そして絶望が横たわっていた。

 ダイタクヘリオスは、ダイイチルビーと2馬身半の差を保ったままゴールへと駆け込んだ。ダイイチルビーのマイルGl春秋連覇の夢は、またもダイタクヘリオスの前に潰え去ったのである。

「出遅れが響いた。それに、第4コーナーで勝ち馬にあんなに差をつけられてしまってはね」

 河内騎手は、敗因をそう分析してため息をついた。だが、ダイイチルビーは、ダイタクヘリオスの嵐のように力強い先行力の前に、その影さえも踏むことさえできなかった。華麗なる一族の継承者は、雑草のような力の前に、2度目の完敗を喫したのである。

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