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バブルガムフェロー列伝~うたかたの夢~

『立ちはだかるもの』

 第47回朝日杯3歳S(Gl)に出走してきたのは、バブルガムフェローを含む12頭の3歳馬たちだった。バブルガムフェローが単勝260円の1番人気に支持され、それに単勝380円の支持を集める外国産馬エイシンガイモンが続いた。

 エイシンガイモンは、バブルガムフェローと同じ3戦2勝の戦績を残してはいたものの、安定した先行力と底知れぬ大物感が売りのバブルガムフェローとはタイプが異なり、鋭い瞬発力と完成度で勝負する馬だった。また、エイシンガイモンには・・・否、彼だけでなく3番人気のスキーミュージック、4番人気のゼネラリストら、このレースに出走して上位人気を独占する5頭の外国産馬たちには、バブルガムフェローに勝たなければならない理由もあった。

 セリを意識して早い時期から厳しく鍛えられることが多い外国産馬たちは、もともと仕上がりの早さに定評がある。だが、当時の彼らは、「外国産馬」であるがゆえに、翌年のクラシックという舞台に立つ機会と資格が与えられていなかった。同じサラブレッドとして生まれながら、人々が最も注目するレースから排除されることへの無念は、内国産馬の大将格であるバブルガムフェローを破ることでしか晴らすことができない。・・・そんな外国産馬たちによって形成されたバブルガムフェロー包囲網は、非常に強固なものであるかに見えた。

 朝日杯3歳Sのゲートが開いた直後は、好スタートを切った何頭かがハナを競う激しい展開となった。そんな展開をさらに吊り上げたのが外国産馬のジェブラズドリームで、彼が引っ張る先手争いは、前半800m通過タイムが46秒5という厳しい流れを形成していった。

 この日のバブルガムフェローは、そんなハイペースの中でもなお2番手につけ、さらにジェブラズドリームを追いかける様子を見せた。その日まで「大人びた風格」を評価されてきたバブルガムフェローだったが、この日は周囲の興奮に引きずられ、行く気だけがはやる状態となっていた。

 それでも岡部騎手は、手綱によってバブルガムフェローを制し、ようやく冷静さを取り戻させた。激しい先手争いに決着がつき、レースの形が固まってきたころには、バブルガムフェローは3、4番手まで位置を下げていた。好位のまま息を入れつつ終盤に脚を残し、最後は余裕を持ってきっちりと差し切る・・・それが、この時点での岡部騎手のもくろみだった。

『不意を衝かれて』

 そんな岡部騎手の作戦に横槍が入ったのは、第3コーナーを過ぎた地点でのことだった。馬を落ち着かせるために馬群の内にとどまって4番手の位置から競馬を進める岡部騎手の視線に、突如後方にいたはずの武豊騎手とエイシンガイモンの姿が映る。外を衝いて上がってきた彼らは、バブルガムフェローをかわしてもなおペースを緩めることなく、前へ、前へと進出を続けた。

「バブルが動かないうちに前に出て、そのままゴールまで追いつかれずに押し切る」

 それが、武騎手の立てた作戦だった。エイシンガイモンには、もともといい末脚がある。だが、ハイペースを好位から追走するバブルガムフェローを見てなお「このままではバテない」と判断し、直線での一瞬の脚に賭けるよりロングスパートで押し切る方が勝算は高いとみたことは、武騎手の慧眼だった。

「しまった!」

 出し抜けを食らわされた岡部騎手に、不安が走った。それは、彼がバブルガムフェローに乗り始めてから初めて感じる性質の思いだった。岡部騎手は、まだ「バブルガムフェローとは、何者なのか―」という問いに、答えを与えられていない。むしろ、その答えを得るための戦いが、この日の朝日杯3歳Sである。バブルガムフェローへの期待はあっても確信には至っていない岡部騎手にとって、この日の展開は完全に武騎手に「してやられた」ものだった。

『片鱗』

 エイシンガイモンは、第4コーナーを回ったところで一気に先頭に立った。「奇襲」に成功したエイシンガイモンとバブルガムフェローとの差は、2馬身以上に開いた。

「前が勢いよく行ったので、ちょっと心配になった」

 だが、ここで岡部騎手を駆り立てたのは、バブルガムフェローを任せられたことへの責任感だった。藤澤師をはじめとするスタッフ、オーナー、そして彼自身がバブルガムフェローに期待するものは、並みの一流馬としての明日なのか。そうではない。もっと遠くにあるものではなかったか。ならば、こんなところで同世代の馬による「奇襲」などに敗れることは、あってはならない。この馬と出逢った時の感触を思い出した岡部騎手が、燃えた。

 いつも「遊びながら走る」くせがあるバブルガムフェローだったが、この日はさすがにそれどころではなく、まじめに走っていた。ただ、それだけではエイシンガイモンとの差は、拡がりはしないが縮まりもしない。・・・岡部騎手は、200m標識を通過する際、そんなバブルガムフェローにステッキを振るった。その一撃が、バブルガムフェローの闘志に火を点けた。

 岡部騎手の合図に応えるようにバブルガムフェローのペースが上がり、エイシンガイモンをとらえた。武騎手がステッキでエイシンガイモンを励ますものの、一杯になったエイシンガイモンと後からきたバブルガムフェローの間の「お釣り」の差は歴然としていた。

 バブルガムフェローがわずかに前に出た時、岡部騎手は馬を追うことをやめた。

「そんなことをしなくても、勝てる」

 そう確信したからである。そんなバブルガムフェローに懸命に食い下がるエイシンガイモンだったが、武騎手のステッキもむなしく、決したレースの大勢を引き戻すことはもちろん、岡部騎手の確信を揺るがすこともできなかった。彼らの差が4分の3馬身差まで広がったところで、レースは決着を迎えた。こうしてバブルガムフェローは、早くもGl戴冠を果たしたのである。

『頂を求めて』

 朝日杯3歳Sを制したバブルガムフェロー陣営に広がったのは、はっきりとした手応えだった。藤澤師は

「今日は文句なしの内容です」

とレース内容を振り返り、岡部騎手も

「稽古でも実戦でもハードに追ったのは今日が初めてでしたが、こちらの思っていたことを簡単にやってくれましたよ」

と、初めての経験で見事に課題をクリアした馬を称えた。エイシンガイモンに騎乗した武騎手の

「僕の馬も良く伸びているんです。それを差し切るんだから勝ち馬の決め手は凄い。びっくりした」

という賛辞を待つまでもなく、この日、彼らのバブルガムフェローに対する期待は、確信に変わった。

 朝日杯3歳Sのレース内容が評価されたのか、バブルガムフェローはJRA賞の選考で177票中176票という断然の得票を集め、最優秀3歳牡馬に選出された。また、3歳馬への評価を示すJRAクラシフィケーション(3歳)では55.5kgを与えられ、前年の3歳王者であるフジキセキ(55kg)を上回る評価を得た。4戦3勝、着差もすべて1馬身以内でありながら、無敗のまま3歳王者に登りつめたフジキセキより高い評価を受けたのだから、そのレース内容がいかに安定したものとして評価されていたかは明らかである。3歳にして勝ち方を知っているような競馬・・・それこそが、バブルガムフェローの底知れぬ大物感の源泉だった。

「現状での課題は、特に見当たらない。あとは故障せず、順調にいってくれることを願うだけ・・・」

 朝日杯3歳S後の岡部騎手のコメントが物語るとおり、あとは大器をどうやって、どれほどの大きさの華に育てあげるか・・・。それだけが、藤澤師や岡部騎手らの課題であった。

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