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シンコウウインディ列伝~数奇なる初代ダート王~

『地方の聖地にて』

 当時、「ダート三冠」の第2関門として位置づけられていたスーパーダートダービーは、南関東・大井競馬場で開催されていた。他地域からの参戦こそ、名古屋優駿2着馬のハカタダイオーと岩手のエムティエムディだけだったものの、南関東馬にとっては地元、それも「聖地」というべき競馬場だけに、他地域勢の穴を埋める形で、地元勢の参戦が増加した。ユニコーンSに南関東勢として唯一挑んで5着に敗れた東京ダービー馬セントリックが引き続き参戦するだけではなく、南関東三冠のひとつである東京王冠賞を制したキクノウインも新たに参戦した。セントリック、キクノウインを含めた東京ダービーの1~4着馬がすべて出走するなど、ユニコーンS出走を見送った南関東三冠の上位馬たちも、次々と集結してきた。

 ・・・とはいえ、JRA勢有利という戦前の見方がそう簡単に覆ることもなく、単勝3番人気までの上位人気は、すべてJRA勢が占めた。ユニコーンS優勝馬であるシンコウウインディの人気は、皐月賞馬イシノサンデーにはもちろんのこと、京都4歳特別(Glll)勝ち馬ザフォリアにも遅れをとって、ユニコーンSと同じ3番人気にとどまった。馬券の売れ行きは、上がりきらない彼への評価を象徴するものだった。

 強さを認められない無念は、勝利という結果を残すこと以外では、贖うことができない。シンコウウインディ陣営は、イシノサンデー、ザフォリアらJRA勢はもちろん、地方馬の中でも上位人気の馬たちを意識しつつ、勝利によって屈辱を雪ぐことを誓った。・・・しかし、大井競馬場で決戦の前日から降り始めた雨は、そんな彼らの目に入っていなかった。

 1996年11月1日、ダート三冠第2弾・スーパーダートダービーの舞台となる大井競馬場の馬場は、前日から降りしきる雨によって、重馬場となっていた。そして、ゲートにたどり着いた14頭に騎乗する騎手たちの中に1人、降りしきる雨を前として

「天の恵みだ!」

と手を打っていた者がいた。・・・もっとも、当時の制度上、大井競馬場や南関東競馬所属の馬、そして騎手たちについて深く知るわけでもなかったであろう岡部騎手や田中師には、そのことを知る由もなかったのだが。

『危険な罠』

 この日、スタート直後から先頭に立ってレースを引っ張ったのは、地元の南関東馬サンライフテイオーだった。彼の通算成績は12戦1勝、しかも直近2走はアフター5スター賞6着、東京盃12着と全く振るわず、単勝5590円の9番人気という低評価もやむを得ない。

 シンコウウインディは、いつもどおりに中団からレースを進めた。岡部騎手の目が向けられていたのは、主に好位につけている皐月賞馬イシノサンデーである。この出走馬の力関係であれば、皐月賞馬に先着することこそが、勝利への近道になる…。名手はそう読んで、最大のライバルを見ながら競馬を進めた。

 そして、そのイシノサンデーは、闘争心を抑えることができず、明らかにかかっていた。舞台が大井競馬場ということで、南関東のベテラン・石崎隆之騎手を鞍上に迎えていたイシノサンデーだが、慣れないトゥインクル・レースでの夜間開催や、煌々と照らされる照明による興奮を抑えきれなかったのである。チアズサイレンスもイシノサンデーと並ぶような形で好位につけていたが、シンコウウインディがまともに走れば、十分かわせる。岡部騎手は、そんな手応えを感じていた。

 レースが第3コーナーを迎えたころ、シンコウウインディは、岡部騎手の仕掛けに応えて進出を開始した。ザフォリアも並んで上がっていくが、脚色は明らかにシンコウウインディの方が良い。そして、第4コーナーから直線へ入ると、さらに末脚を伸ばし、先頭に迫っていった。しかも、先頭を走るサンライフテイオーに外から馬体を併せつつ、後方にイシノサンデーを閉じ込めるという理想的な位置取りである。イシノサンデーと石崎騎手は、サンライフテイオーとシンコウウインディの間を抜くことをあきらめ、位置を大きく下げざるをえなかった。

 ・・・シンコウウインディ陣営の誤算は、その後だった。残り1ハロンの標識までの脚色であれば、かわすことは時間の問題にも思われた。ところが、かわせない。大方の予想に反し、サンライフテイオーは、第4コーナーを回って直線に入ってからも、まだ脚に余裕を残していた。それまでにイシノサンデーを含めたJRAの重賞馬たちを次々とかわして位置を上げてきたシンコウウインディだが、南関東の重賞すら勝っていない9番人気の逃げ馬1頭だけはとらえることができない。

『逃げる男』

 サンライフテイオーの鞍上を務める南関東のベテラン・高橋三郎騎手は、もともとはオーソドックスな先行競馬で勝負するつもりだったという。しかし、東京ダービーで屈したセントリックをユニコーンSで寄せ付けなかったというJRA勢に勝つには、この競馬では足りないのではないか・・・と感じてもいた。それでもJRA勢にひと泡吹かせてやるためには、何かの「後押し」がほしい・・・そう願った彼に天が与えたものが、前日からの雨と、水たまりのような馬場だった。

「これならいける!」

と手を打った高橋騎手は、作戦を逃げに切り替えることにした。もともと芝のような瞬発力勝負になりにくく、前残りになることが多いダート競馬だが、大井競馬場では、その傾向がより強い。しかも、重馬場になった時は、その傾向がより強くなる。大井を地元とする高橋騎手は、そのことを十分に知り尽くしていたのである。

 いつもはスタート直後に追っていくことが多かったサンライフテイオーだったが、この日はすんなりと先手を取った。走りもいつもより力強い。

「馬自身も動きやすかったのだと思う」

と高橋騎手が語った通り、大井競馬場の重馬場とサンライフテイオーの逃げは、がっちりと歯車がかみ合っていた。そして・・・その力が、直線での最後の粘りとなった。

 これに対し、岡部騎手は・・・というより、他のすべての騎手たちは、逃げるサンライフテイオーの実力を見誤っていた。先頭を行く9番人気の逃げ馬は、おそらくどの騎手からも盲点となっていた。

 サンライフテイオーの通算成績は12戦1勝だが、新馬戦2着の後、準重賞のゴールドジュニアーに出走して2着に入っている。重賞以外では1着に入らなければクラス分けが変わらないJRAと違い、一般レースでも上位に入ればクラス分けが変わる南関東のルールゆえにクラシックロードに乗る資格を得たサンライフテイオーは、1着こそ1回だけだったが、常に上位に入る安定感を見せ(勝てなかった11戦の着順には、2着5回、3着2回、4着1回を含む)、南関東三冠にも皆勤して羽田盃2着、東京ダービー3着、東京王冠4着と安定した戦績を残している。この年の南関東三冠全てで掲示板に載ったのはキクノウイン(羽田盃3着、東京王冠賞1着、東京ダービー5着)、セントリック(羽田盃5着、東京王冠賞4着、東京ダービー1着)という2頭の南関東クラシック馬だけ(羽田盃馬ナイキジャガーは、羽田盃を最後に引退)だったことからすれば、クラシック馬たちに引けを取らない実力馬だった。

 力の限り走っても、どうしても縮まらないサンライフテイオーとのわずかな差に、岡部騎手も田中師も、焦ったに違いない。だが、この時一番焦っていたのは、おそらく彼らではなかった。・・・それは、シンコウウインディ自身である。

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