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シンコウウインディ列伝~数奇なる初代ダート王~

『新たなる再出発』

 97年の古馬中距離ダート戦線で出直しを図ることになったシンコウウインディは、まず関西に遠征し、平安S(Glll)から始動することになった。

 このレースから、田中師は、シンコウウインディにブリンカーを着用させることにした。

 ブリンカーは、「遮眼革」とも呼ばれ、競走馬の視界の一部を遮るための矯正具である。田中師は、シンコウウインディのかみつき癖をそれまで「闘志が溢れすぎているから」と思っていたが、岡部騎手ですら止めることができなかった悪癖の本質を、この時ようやく「手抜き」と見定めた。追い抜くこと以外の楽な方法で勝とうとする横着さを封じ込めて意識をレースに集中させるため、視野制限という物理的な方法に出たのである。

 田中師の渾身の工夫だったが、ファンの目を集めるには至らなかった。平安Sでの単勝オッズは、ユニコーンS後の戦線離脱から復帰して前走で勝利を飾ったバトルラインと、前走のウインターS(Glll)を3馬身差で制したトーヨーシアトルが単勝140円、370円と人気を集めた一方、シンコウウインディの単勝は、3番人気ではあったものの、1720円とかなり離されていた。

『闇に潜む黒衣』

 1番人気のバトルラインは、もともと前で競馬をするタイプであり、この日も好位につけて競馬を進めた。2番人気のトーヨーシアトルも、そしてシンコウウインディも、中団でバトルラインを見ながらの競馬となった。

 すると、向こう正面でトーヨーシアトルが外から一気に進出していき、馬群のうちにいるためにすぐ動けないバトルラインをよそに、勢いのままに馬群ごとかわして、第4コーナーでは先頭をうかがう位置まで押し上げていく。・・・トーヨーシアトルの鞍上で大勝負を打った松永昌博騎手の目は、ただバトルラインだけに向けられている。仕掛ける前に馬体を併せるような位置にいたシンコウウインディのことは、まったく意識していなかった。

 そんなトーヨーシアトルに対し、馬群の中にいたためにいったん先を譲った形となったバトルラインは、直線に入って周囲の馬の壁が崩れたところを見極めて、逆にトーヨーシアトルを目標として上がっていった。バトルラインの鞍上で仕掛けの遅れを自覚しながら、それでも勝負どころまで仕掛けを待つ横山典弘騎手の目にも、やはりトーヨーシアトルのみが映っており、トーヨーシアトルより外、そして後方かに潜んだシンコウウインディのことは見えていない。

 互いに相手だけを意識して競馬を進める上位人気2頭の鞍上は、展開の闇に身を潜めたもう1頭の人気馬のことが見えていなかった。・・・馬券上の人気が集まらなかったことは、この日のシンコウウインディにとっては、明らかに有利に働いていた。

 そんな彼らにゴール直前で強襲をかけたのが、シンコウウインディだった。この日四位洋文騎手が騎乗したシンコウウインディは、第4コーナー付近まで馬群に包まれていたことで、抜け出すまでには苦労していた。しかし、勝負どころでようやくほどけた馬の壁をバトルラインとは違った形で抜け出して、ようやく自らの進路を確保すると、その後は外から鋭い末脚を伸ばしてきた。

 シンコウウインディは、バトルライン、トーヨーシアトルを含めた4頭に、大外から馬体を併せて追い上げた。・・・他馬と並んだ叩き合いになった場合、かみつき癖が心配になるシンコウウインディだったが、そこはブリンカーの効果なのか、トーヨーシアトルと馬体を併せ、少しでも「余計なこと」をしたら遅れを取る火の出るような競り合いの中で、あくまでもまっすぐ走って、他の馬たちを次々と差していく。

『同着の余波』

 一番先に抜け出したトーヨーシアトルに対し、バトルラインとシンコウウインディが追い上げ、ほぼ並んだところでゴールした。バトルラインがわずかに遅れていることは肉眼で分かるが、シンコウウインディとトーヨーシアトルのどちらが先着したのかまったく分からない。

 そして、長い審議の末、レースはシンコウウインディとトーヨーシアトルの同着優勝とされた。

 同着とは、2頭の出走馬が同時にゴールすることである。それ自体しょっちゅうあることではないが、JRAがグレード制を導入した1984年以降、重賞での同着優勝は、88年に阪神大賞典でタマモクロスとダイナカーペンターが同着になって以来、9年ぶり2度目となる椿事だった。ちなみに、2022年7月現在でのそれは、2010年オークス(Gl)のアパパネとサンテミリオンを含めて7度となっている。

 同着優勝の場合、賞金は、1着賞金と2着賞金を合計したうえで半分ずつ分け合い、優勝馬だけの特権である表彰式は、それぞれのために2度行われる。トーヨーシアトルの表彰式にも付き合った挙句、賞金も本来の1着の場合よりかなり下がってしまったことから

「うれしさも半分」

という田中師のコメントの気持ちも分からなくはないが、ユニコーンSでは繰り上がり優勝という形で1着賞金を手にしたことについて複雑な思いを述べた後だけに、実に難しい立場である。

 ちなみに、同着時に扱いが変わるのは馬券の配当も同じであり、単勝の最終オッズはトーヨーシアトルの370円、シンコウウインディの1710円だったが、双方を当選と扱わなければならなくなった結果、前者は210円、後者は720円の払い戻しとなっている。

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