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エアシャカール列伝~みんな夢でありました~

『暴れん坊シャカール』

 閑話休題。自分たちとは無関係のところで起こったライバル陣営の内紛によって突然本番でも注目を集めることになったエアシャカールは、「フサイチゼノン事件」の喧騒さめやらぬ皐月賞で、単勝340円の2番人気に支持された。ちなみに、1番人気はシンザン記念(Glll)、スプリングS(Gll)と重賞を連勝していたダイタクリーヴァだったが、こちらは単勝330円で、人気ではほとんど並んでいた。

 しかし、この日エアシャカールの単勝を買った人々は、エアシャカールの当日朝の様子など知る由もない。レースの朝、エアシャカールは厩舎で大暴れして、森厩舎のスタッフたちを絶望に陥れていた。いつもは10分も好き勝手に騒げばおとなしくなるのに、この日はずっと機嫌が最悪のまま、人間への反抗ばかりを続ける。この日、午前中に競馬場で会った森厩舎のスタッフにエアシャカールの状態を聞いた武騎手は、暗い顔で

「切れまくってます。手がつけられません。参りました・・・」

と泣きつかれ、

「聞かなきゃよかった・・・」

と後悔にとらわれた。しかし、聞いてしまってからでは後の祭りである。

 いよいよレースが近くなり、武騎手がジョッキールームでパドック解説を見ていた際には、エアシャカールは非常に落ち着いていた。その時も武騎手は

「ひょっとしたら、厩舎で暴れまくって切れまくった挙句に、もう終わってるんじゃないやろか」

と思い、実際に騎乗してみるまでエアシャカールに疑いの目を向けたままだったという。それまで走る気を損なわないために、どんな時もエアシャカールの意思に任せてきた担当厩務員が、ついに意を決して装蹄所で厳しく叱りつけたところ、馬がびっくりして落ち着いてしまった・・・とのことだったが、当時の武騎手は、そんな事情など知る由もなかった。

『騒然たる雰囲気の中で』

 レース直前にすっかり落ち着いたのはエアシャカールだったが、出走馬18頭の中には冷静になれなかった馬もいた。単勝700円の3番人気ラガーレグルスは、ただでさえ激しい気性に加えて場内の歓声にすっかり興奮してしまい、スタートと同時にゲートの中で立ち上がってしまったのである。佐藤哲三騎手は馬から振り落とされ、ラガーレグルスはゲートから出ることすらないままに競走中止になってしまった。3番人気の突然の消失に、場内は騒然となった。

 だが、そんなアクシデントにも、エアシャカールはもはや動じることはなかった。後ろから3頭目に陣取ったエアシャカールは、パープルエビスが引っ張るレースの流れの中で、ひたすらに待った。

 やがて、残り800mの標識を通過するころに、エアシャカールは動いた。前の方には、これまで好位からの安定した競馬で実績を残してきたダイタクリーヴァがいる。これは、弥生賞でのフサイチゼノンをダイタクリーヴァに置き換えただけで、彼の競馬そのものは弥生賞とほぼ同じものである。そして、外を衝いて上がっていくエアシャカールの末脚には、弥生賞に勝る勢いがあった。

『一冠奪取』

 この日も好位につけていたダイタクリーヴァは、直線に入ると間もなく勝負を仕掛け、馬群を突き放しにかかった。馬群の馬たちは、横綱競馬で押し切りを図るダイタクリーヴァをとらえることができない。・・・だが、そこに襲いかかったのがエアシャカールだった。弥生賞ではフサイチゼノンに直線入り口で置いていかれ、そのまま二度ととらえることができなかったエアシャカールだが、この日は違った。内から馬群を抜け出したダイタクリーヴァとは対照的に、外から馬群を一気に突き抜けて、完全な一騎打ちへと持ち込んだのである。

 彼らの一騎打ちは、「守るダイタクリーヴァ、攻めるエアシャカール」という構図がはっきりしていた。早めに先頭に立っていたダイタクリーヴァに対し、エアシャカールが一完歩ごとにその差をつめていく。残り100m地点では、もう脚色の違いは明らかで、エアシャカールの差し切りは明らかに見えた。もっとも、ここからエアシャカールが内にササったり、ダイタクリーヴァもここから抵抗し、並ばれたところから驚異的な粘りを見せたり・・・ということもあって一筋縄ではいかなかったが、エアシャカールがわずかに前に出ると、ダイタクリーヴァはもうその差を広げられないよう粘るのが精一杯で、差し返すだけの余力は残っていなかった。

 エアシャカールは、ダイタクリーヴァにクビ差先着し、クラシック第一冠・皐月賞を手にした。ただ、着差こそ小さかったものの、弥生賞と同じようなロングスパートを再現し、より破壊力を増したエアシャカールのレース内容に対する評価は高かった。直線では何度も内にササって武騎手をあわてさせるなど荒削りな面も見せたが、死力を尽くして粘るダイタクリーヴァを振り切って栄冠を手にしたエアシャカールの競馬は、十分すぎるほどの将来性を感じさせるものだった。

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