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エアシャカール列伝~みんな夢でありました~

『世界を夢見る』

 エアシャカールの制覇は、森師にとっては初めて、武騎手にとってはナリタタイシン以来2度目の皐月賞制覇となった。無論クラシックの勝利というのは、Glの中でも格別の味があるという。ただ、彼らの内にあったのは「成し遂げた喜び」よりも「これから来るものへの期待」の方が大きかった。

 森師、武騎手とも、この日の皐月賞の勝利はある意味で「予想外」のものだった。森師、武騎手とも、エアシャカールが息の長い末脚を使うものの、一瞬の爆発的な切れ味には欠けることから、小回りで直線が短い中山競馬場で行われる皐月賞よりも、コーナーが広くて直線が長い東京競馬場で行われる日本ダービーの方が向いているという点で一致していた。弥生賞での結果次第で皐月賞を回避し、青葉賞からダービーに向かうことを検討していたという陣営のローテーションは、その弥生賞で2着に入ったことでご破算になったものの、森師、武騎手とも、皐月賞での課題は、勝利よりもダービーにつながる競馬をすることだった。

 しかし、エアシャカールは皐月賞を勝った。武騎手は、前々年にはスペシャルウィーク、前年にはアドマイヤベガで皐月賞に臨み、勝ちにいく競馬をしながら敗れている。それなのにエアシャカールは、前を見据えた競馬でスペシャルウィークもアドマイヤベガも勝てなかったレースを勝ち、三冠馬の資格を得たのである。次なる舞台は、中山競馬場以上にエアシャカールに有利と思われる東京競馬場。新馬戦のときから目標としていたレース・・・となれば、彼らの闘志が燃え上がるのは、むしろ当然のことといえる。

「ダービーの結果次第で、英国のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドS(国際Gl)に遠征する」

 森師らがダービー前に早くも壮大な計画を発表したのも、すべてはエアシャカールにかける期待の大きさと、彼を世界に通用する名馬にしたいという野望ゆえだった。エアシャカール陣営の夢と野望を乗せて、季節は第67回日本ダービーへと急速に流れていった。

『最高の舞台へ』

 日本ダービーでのエアシャカールのライバルたちを見ると、皐月賞上位馬のうち、3着のチタニックオーは故障でリタイアしていた。他の上位馬は、2着のダイタクリーヴァを初めとしてみな血統的な距離不安を抱えている。そんな中で、ダービーに強いサンデーサイレンスを父、さらにオークス2着のエアデジャヴーを姉に持つ彼の血統は、大きなアドバンテージとなっていた。彼の前に立ちはだかるのは、皐月賞組よりはむしろトライアル組という声が強かったが、こちらも例年皐月賞に間に合わなかった馬が中心となるためレベルが低く、本番では勝負にならないことが多い。トライアル組では京都新聞杯(Glll)で豪快な末脚を見せたアグネスフライト、ダービーと同条件の青葉賞(Glll)を勝ったカーネギーダイアンの評価が高かったものの、安定感と破壊力を兼ね備えるエアシャカールがダービーに最も近い位置にいることは、衆目の一致するところだった。

 日本ダービー当日、エアシャカールは単勝200円で1番人気に支持された。2番人気ダイタクリーヴァの単勝が480円だから、これはもう断然といっていい。エアシャカールの関係者たちは、すべてのホースマンたちが目指し、憧れる日本ダービーで、断然の1番人気に支持される名誉と責任感をかみしめていた。

 ただ、エアシャカールという馬を見た場合、あまりにもブランドが揃っているがゆえに、彼自身の影が薄くなりがちな点も否めない。父は過去5年間のダービーで3回制覇しているサンデーサイレンス、生産牧場は日本最大の社台ファーム、主戦騎手は武豊騎手、所属厩舎も新進厩舎として日の出の勢いの森秀行厩舎・・・。エアシャカールの人気には、こうした彼を取り巻く「ブランド」への支持も含まれていた。次にエアシャカールがなすべきことは、ダービーを勝つことで、自分を取り巻く周辺への信頼を自分自身に対するものに変化させることだった。皐月賞に続いてダービーを制することができれば、今度こそ彼の実力は、絶対的なものとして誰もに認めてもらえる。それだけでなく、サラブレッドの頂点たる三冠も視野に入ってくる・・・。

 この日のエアシャカールは、いつもどおりの入れ込みを見せていた。ただ、この馬の入れ込みはもはや日常であり、入れ込んだからどうというわけでもない。武騎手がまたがっても興奮がおさまらないエアシャカールに、むしろ抑えきれない闘志を見た人は、決して少なくなかった。

『豊はいつ動くのか』

 武騎手は、ゲートが開くと、例によってエアシャカールを後方へと下げていった。弥生賞で、そして皐月賞でした競馬は、すべてこの日のこの競馬のため。武騎手は、この日を見据えて、エアシャカールに競馬を教えてきたのである。エアシャカールもまた、武騎手の手綱に応えて後方から冷静なレース運びをした。

 だが、レースとは生き物であり、すべてが予想通り・・・というわけには、なかなかなるはずもない。レース前には皐月賞で逃げてレースを作ったパープルエビスの逃げが予想されていたが、実際にレースが始まってみると、マイネルブラウ、タニノソルクバードも先手争いに加わったため、ペースは上がっていった。一方、エアシャカールだけでなく3番人気のアグネスフライトも後方待機を決め込み、さらにそれまでは好位からの競馬が多かった2番人気のダイタクリーヴァも距離を見越して中団に位置を下げていた。そのため、彼らをマークする馬たちは前の馬たちの深追いを避けざるを得ず、馬群は縦長に広がる展開となった。

 前との差が大きく開いたことで、後方待機を貫くエアシャカールへの注目度は、より密度の濃いものとならざるを得なかった。圧倒的1番人気の動きは、自分自身の勝ち負けにとどまらず、他の馬の仕掛けにも大きな影響を与える。後方にいる1番人気のエアシャカールが動かない限り、他の馬は動けない。

「エアシャカールと豊は、いつ動くのか」

 それが、レースを見守るファンの焦点となった。

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