阪神3歳S勝ち馬列伝~栄光なきGI馬たち~
『対決・東西3歳王者』
弥生賞でのイブキマイカグラとリンドシェーバーという2頭の人気馬は、単勝オッズでは190円のリンドシェーバーが上回り、イブキマイカグラは430円の2番人気に甘んじた。しかし、クラシックの権威を守るという見地から、イブキマイカグラを支持する声も根強く、結局ほとんどのファンはどちらが勝つのか確信を持てぬまま、かたずを飲んでレースのスタートを見守ることになった。
ゲートが開いて飛び出したのは、まずサンゼウスだった。サンゼウスが2歳時のセリで3億6000万円という史上最高値で競り落とされたことは有名だが、このレースでの彼は、二強激突の脇役に過ぎない。この日のサンゼウスの役割は、逃げてレース全体のペースメーカーを務めることだった。
しかし、結果的にはサンゼウスがその役割を全うすることができたとはいいがたい。彼の役割を全うさせなかったのは、主役の1頭リンドシェーバーだった。
好スタートを切ったリンドシェーバーは、サンゼウスの後ろ、2番手につけた。ゲートがあまりうまくないリンドシェーバーにとって、このようなスタートはむしろ予想外だった。彼らには、イブキマイカグラが末脚勝負の馬にふさわしく、後方からの競馬となったのとは対照的な戸惑いがあった。
しかも、この日のリンドシェーバーは、それだけにとどまらなかった。サンゼウスにペースメーカーを務めさせるというよりは、サンゼウスを突っつきながら自らレースを作っていく、そんな積極的な戦術を選んだのである。決して負けられない、否、イブキマイカグラ以下を叩き潰しての完全勝利を欲する。そんな主戦騎手・的場騎手の燃え盛る闘志を感じ取ったかのように、リンドシェーバーは早めに動いて先頭をうかがった。
『閃光の末脚』
一方、イブキマイカグラと南井騎手は、当面のライバルの積極的な動きをよそに、後方待機の姿勢を崩さなかった。そうなると、当然のことながらリンドシェーバーとの差は広がる一方になった。いくら末脚勝負の馬とはいえ、このままで届くのか?・・・しかし、そんな周囲の不安をよそに、南井騎手が動きを見せたのは、第3コーナーを回ったあたりからだった。
第4コーナーでは、リンドシェーバーの脚色がサンゼウスを完全に凌駕していた。もはや先頭に立つのは、時間の問題である。だが、ようやく進出してきたイブキマイカグラも、脚色はいい。2頭の3歳王者の対決が、直線の攻防に持ち越されることは明らかだった。
果たして最後の攻防は、直線半ばで先頭に立ったリンドシェーバーにイイデセゾンを引き連れたイブキマイカグラが襲いかかる展開となった。関東の3歳王者であり、最優秀3歳牡馬争いではイブキマイカグラを抑えて選出されたリンドシェーバーは、死力を尽くして懸命の逃げこみを図る。
しかし、イブキマイカグラは馬体を併せてから、さらなる伸びを見せた。強敵の存在が、電撃の末脚に加えて不屈の闘争心を燃え立たせたのである。さらに切れを増した末脚が炸裂し、早仕掛けながら限界に挑むリンドシェーバーをクビ差だけ差し切ったところがゴールだった。死闘の末、クラシックに挑む内国産馬の責任が、クラシックから締め出された外国産馬の執念を上回ったのである。
『無常』
このときの勝利の栄光は、イブキマイカグラ陣営に大きな夢を見させるのに十分なものだった。内国産馬にして関西馬代表であるイブキマイカグラが、その意地と誇りを賭けた戦いで、外国産の関東3歳王者にして「マルゼンスキー以来の怪物」という呼び声も高い、無敗のリンドシェーバーを粉砕したのである。
「末脚勝負になれば、どの馬にも負けない」
自信を確固たるものとしたイブキマイカグラ陣営の人々が次に見る夢は、明らかだった。
ある関東の調教師がこの年のクラシックを振り返って、このように評している。
「弥生賞を見て俺たち(美浦の調教師)はみんな『栗東にはとんでもない怪物がいる』とあきれていたのに、その怪物がまさか『露払い』だったなんて誰が思うもんか」
・・・この時点でイブキマイカグラ陣営の野望の行方を正確に予測していた人が、果たしてどれほどいただろうか。確かにイブキマイカグラは、間違いなくクラシックの主役となるべき存在だった。だが、結果的にはこの調教師の言うとおり、彼は「露払い」の地位へと転落することになる。イブキマイカグラの悲運―、それはトウカイテイオーと同じ年に生まれ、同じクラシックを戦わなければならなかったことだった。