TOP >  年代別一覧 > 1980年代 > ダイタクヘリオス列伝~女は華、男は嵐~

ダイタクヘリオス列伝~女は華、男は嵐~

『師弟』

 梅田師は、岸騎手に対してこう言い渡した。

「これからは、ヘリオスには何があってもお前に乗ってもらう。他の騎手は、もう乗せない。だから・・・他の厩舎の馬とかち合っても、ヘリオスに乗れ」

 ・・・それまでの梅田師は、若い岸騎手を成長させるためには、まず多くのレースに騎乗しなければならないという考えのもと、ダイタクヘリオスと他厩舎の馬の依頼が重なった時には他の厩舎の馬を優先させてきた。有力な後ろ盾もネームバリューもない岸騎手がわがままをいえるのは、所属厩舎の梅田厩舎しかない。ならば、一度断ってもいつでも戻してやれる梅田厩舎の馬よりは、一度断ってしまうと再び騎乗依頼があるかどうか分からないよその厩舎を優先するべきだ・・・と。

 それまでの岸騎手は、そんな梅田師の思いに応えるかのように、他厩舎の馬にどんどん騎乗し、結果を出してきた。1989年のエリザベス女王杯では20番人気のサンドピアリスで大穴を開けてGl初勝利を飾った。90年には、やはり穴人気のライトカラーで本命馬たちをなぎ倒し、クラシックを手にした。

 そんな岸騎手の活躍に、表面では

「よその馬でばかり大きいところを獲りよる。なんてできの悪い弟子や」

と憎まれ口を叩いていた梅田師だったが、内心では愛弟子の活躍に気分の悪かろうはずがない。騎手として競馬界に入ったものの、17年の騎手生活で通算143勝、これといった大きなレースも勝てなかった梅田師にとって、岸騎手は誇りだった。

 だが、その誇りである岸騎手が、自分の教えゆえに、壁に当たろうとしている。マイラーズC、高松宮杯とも、自分がよその厩舎並みに

「ヘリオスに乗れ」

とひとこと言いさえすれば、岸騎手はダイタクヘリオスに乗っていたに違いない。そして、勝っていたのではないか・・・?岸騎手がダイタクヘリオスでこれらのレースを勝ってさえいれば、

「岸だと勝てないダイタクヘリオス」

などという心無い風評に苦しみ、追い詰められることもなかったのに。

 もう岸騎手をダイタクヘリオスのことで悩ませはしない。それが梅田師の決断であり、初めての「命令」だった。師の思いを悟った岸騎手は、感謝の思いとこれからの戦いに向けた責任感に、胸を熱くした。

『その時、何かが変わった』

 高松宮杯の後、休養に入ったダイタクヘリオスがターフに帰ってきたのは、3ヵ月後の毎日王冠(Gll)でのことだった。高松宮杯を勝って重賞3勝目を挙げたダイタクヘリオスだったが、毎日王冠でのファンの支持は、5番人気にとどまった。いつ走るのか、さっぱり分からない馬。安定感とはもっとも縁遠い、信用ならない馬。ファンのダイタクヘリオスへの見方は、まったく変わっていなかった。

 そんなダイタクヘリオスの鞍上には、岸騎手がいた。もっとも、梅田厩舎のダイタクヘリオスに岸騎手が乗っていたところで、何の問題もない。マイラーズCを勝ったのは武騎手で、高松宮杯を勝ったのは加用騎手だったが、だからといって岸騎手が乗っておかしいということはない。せいぜい

「梅田は岸をかわいがるなあ・・・」

と苦笑いする程度で、それ以上のことは特に気にも留めなかった。・・・だが、岸騎手の中ではこの時、確かに何かが変わっていた。

「これからは、ダイタクヘリオスとすべての戦いをともにする・・・」

 その誓いは、ひとつひとつのレースに臨む彼の緊張感を、いやがおうにも高めるものだった。10のレースに何も考えずに騎乗するより、ひとつのレースに目的意識を持って騎乗する方が、多くのことを学べることもある。この時の彼は、全身でダイタクヘリオスの「何か」を感じ取ろうとしていた。

『岸の戦い』

 ダイタクヘリオスの毎日王冠は、短距離戦線で長きに渡って活躍するバンブーメモリー、オグリキャップ、イナリワンを宝塚記念(Gl)で破ったオサイチジョージ、天皇賞・秋(Gl)を目指す新興勢力プレクラスニーらを相手に回しての戦いとなった。決して弱い相手ではない。・・・いや、それどころか、その反対である。

 毎日王冠でのダイタクヘリオスは、例によってというべきか、岸騎手に反抗するかのように抑えきれなくなって、かかり気味にハナに立ってしまった。それでも岸騎手は、ハイペースでもレースを壊さないよう懸命に手綱を操った。その結果、最後はプレクラスニーに半馬身かわされたものの、彼自身もサクラユタカオーのコースレコードより0秒2遅いだけの時計で走破し、ダイタクヘリオスの実力は十分に示した。

 その後、天皇賞・秋を目指すという観測も流れたダイタクヘリオスだったが、天皇賞・秋の登録を忘れるというアクシデントの結果、スワンS(Gll)へと回ることになった。そこには、マイルCSを目指すダイイチルビーの姿もあった。

 ここでもかかって逃げる形となったダイタクヘリオスは、直線に入ってすぐに脚をなくし、9着に沈んでしまった。「宿敵」ダイイチルビーが2着に入り、さらに良血の外国産4歳馬・ケイエスミラクルが強い競馬で勝つ中での無残な着順は、

「ダイタクヘリオスは、何も変わっちゃいない・・・」

 そう思われても仕方のない結果である。

 だが、梅田師や鞍上の岸騎手は、大敗の中からも自らの課題を見出そうとしていた。

「ヘリオスは、気性が悪い馬なんかじゃない。それどころか、むしろ気の良すぎる馬なんだ」

 根がまじめだからこそ、他の馬が少しでも前を走っていることが許せず、手綱を持つ岸騎手の腕がちぎれんばかりの力で先行しようとする。レースのたびに、岸騎手の腕はしびれて感覚がなくなってしまうほどだった。

 マイルCSは、ダイタクヘリオスにとってこの秋最大の大一番になる。岸騎手の秋の騎乗・・・2度の敗北は、すべてこのレースでダイタクヘリオスの力を引き出すためだった。あまりにもまじめな性格ゆえに他の馬が一瞬でも前を行くことが許せない馬と同様に、その馬を託された彼もまた、自らに託された信頼に応えるため、激しい戦いの中にいたのである。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
TOPへ