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ダイタクヘリオス列伝~女は華、男は嵐~

『波乱を呼ぶ男』

 マイラーズCを圧勝した際には「安田記念の穴馬か?」とも噂されたダイタクヘリオスだったが、実際に安田記念のゲートにたどりついてみると、単勝2870円で、16頭だての10番人気という穴馬とすらいえない位置に落ち着いていた。ダービー卿CT、京王杯SCで見せた脆さは、二線級相手では強く見えても、一線級相手には通用しないことを暗示していたからである。

 安田記念の単勝オッズを見てみると、短距離Glを2勝して実績面では随一のバンブーメモリーが180円の人気を集め、京王杯SCを快勝して名家の血の底力を開花させつつあるダイイチルビーが570円でこれに続いていた。オッズからすれば、ダイタクヘリオスは彼らと同列に並べることさえ失礼な馬でしかない。

 こうして一般のファンからは忘れられたダイタクヘリオスだが、その時彼は、着々と反攻の蹄を磨いでいた。・・・もっとも、そんなことは一般のファンはもちろんのこと、岸騎手や梅田師さえも気づいてはいなかった。

『信じ難い事実』

 ダイタクヘリオスにとって4度目のGl挑戦となるこの日は、レースの展開自体が決して彼に向いていたわけではなかった。スピード自慢のシンボリガルーダが先頭でレースを引っ張り、ユキノサンライズ、ナルシスノワールといった本来なら逃げても不思議はないメンバーが追走することで、ペースがつり上がったからである。前半800mが45秒8というのは、前走の京王杯SCよりも0秒1速い。その前走でのダイタクヘリオスは、天に向け口を割ってかかったあげく、6着に沈んでいる。さらに、1000m57秒6といえば、オグリキャップのレコード決着となった前年とほぼ同じペースである。

 ・・・ところが、岸騎手はこの日、ダイタクヘリオスの反応がそれまでとはまったく違っていることに驚いた。いつもはスタート後間もなくカッとなり、抑えても抑えきれない力でかかってしまうダイタクヘリオスが、この日は岸騎手の手綱でしっかりと折り合っている。

「これが、あのダイタクヘリオスなのか?」

 それまでは、いつも常識では考えられないほどにかかりどおしになり、乗っているのが恥ずかしくなるような散々な目に何度もあわされてきた彼だけに、信じられない気持ちがあった。・・・だが、現実にダイタクヘリオスは、好位でしっかりと折りあっている。それは、岸騎手がこれまでに何度やろうとしてもできなかった競馬だった。

「いける!」

 岸騎手は、思わぬ相棒の手ごたえに、背筋を震わせた。

『敗北により幕は上がり』

 そんなハイペースだから、レースを引っ張った馬たちは、脚が残っているはずがなかった。直線に入って間もなく、彼らの脱落が始まった。・・・彼らの脱落と入れ替わるように、ダイタクヘリオスがするすると上がっていき、やがて先頭に立った。この展開に持ち込めば、ダイタクヘリオスは強い。ターフを引き裂く瞬発力とは無縁だが、しぶとい勝負根性ならば、どの馬にも負けない。・・・ダイタクヘリオスは、これまでは二流馬相手にしか発揮されることのなかった彼自身の真価が、一流馬にも通用するものであることを自分の手で証明しようとしていた。圧倒的な1番人気のバンブーメモリーは、内を衝いたはいいが、強引な競馬がたたって馬の壁に包まれ、馬群を抜け出すのに手間取っている。場内は、意外な伏兵の奇襲に騒然となった。

 ところが、そこから飛んできたのがダイイチルビーだった。内枠4番からのスタートで、後方待機のうえ馬群の内側に閉じ込められて窮屈な競馬を強いられていたダイイチルビーだったが、河内騎手は直線半ばまでに彼女を巧みに外に持ち出し、末脚勝負に賭けていた。他の馬との衝突もあったが、ダイイチルビーはひるむことなく前だけを目指していた。

 この日のハイペースは、河内騎手にも十分分かっていた。末脚勝負に徹しさえすれば、必ず出番はあるはずだ・・・。彼は、待った。崩壊しつつある先行馬たちと入れ替わるように、ダイタクヘリオスが一気に進出した時も、バンブーメモリーが内をこじあけてダイタクヘリオスをつかまえにいった時も、ただひたすらに最後の仕掛けを待った。そして、その爆発力が、最後に炸裂した。

 ダイタクヘリオスの思わぬ手ごたえに震えた岸騎手だったが、彼はこの日、大きな勘違いをしていた。この日のペースは、前記のとおり1000m57秒6というハイペースだったが、岸騎手はもう少し遅いペースだと踏んでいたのである。そこで第4コーナーに入ってすぐに仕掛けていったが、実際のペースを考えると、いくら展開がダイタクヘリオスにとって「はまった」とはいっても、ぎりぎりの競馬とならざるを得なかった。そこにダイイチルビーが飛んでくる形となった。

 ・・・ダイタクヘリオスは、結局ダイイチルビーの末脚にかわされて、1馬身4分の1突き放されたところでゴールを迎えた。ダイタクヘリオスとダイイチルビーのライバルストーリーは、高貴なる令嬢の2連勝で幕を開けたのである。もっとも、ダイタクヘリオスもバンブーメモリー以下の追撃は抑えきって2着を確保したため、枠連は6440円と大荒れになった。この配当は、当時としては安田記念史上最高の枠連配当だった。

『あいつはあいつ』

 岸騎手は、レースの後にこの日のペースを知り、天を仰いだ。

「勝てるかもと思ったけど、仕掛けが早かったのかな・・・」

 もっとも、Glで10番人気を2着に持ってきたのだから、普通に考えれば大殊勲である。それまでダイタクヘリオスをなかなか手の内に入れることができず、悔しい思いをしていた岸騎手だったが、この日の競馬は、それまでとはまったく違った内容だった。もともと折り合った時の強さなら、岸騎手以外の騎手が乗った時の競馬で証明されている。阪神3歳S、さざんか賞、マイラーズC・・・。それまでダイタクヘリオスには痛い目にあわされてきた岸騎手だけに、安田記念の競馬はうれしかったし、将来に対する希望を持つのも当然のことだった。

 ・・・だが、ダイタクヘリオスはやはりダイタクヘリオスだった。安田記念の後、CBC賞(Gll)に参戦したダイタクヘリオスは、2番人気に支持されながら、5着に沈んでしまったのである。今度はかかったというよりは不良馬場で走る気を出さなかったことが敗因だったが、岸騎手が頭を抱えてしまうことに変わりはなかった。

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